森林からの木材の伐り出しと、木材の使い方は、時代とともに大きく変わってきた。北米でもブラジルのアマゾンでも、鬱蒼とした原生林が近くにあるうちは、商品価値の高い一部の木だけが実に乱暴なやり方で伐り出されていた。そうした丸太は製材加工されて板や梁・桁、柱材になるのだが、製品として市場に出てくる量は丸太材積の3割か4割で、工場で発生する大量の木屑がその近辺で昼夜分かたず燃やされるのが常であった。紙パルプの製造にしても、初期のころは針葉樹の太い丸太が惜しげもなくつぶされていたものである。しかも木材の三大成分のうちパルプになるのはセルロースだけ。ヘミセルロースとリグニンは黒液のかたちで垂れ流しにされ、公害を生んでいたのである。
こうした状況が大きく変わるのは1980年代に入ってからである。製材の残材や黒液が工場に設置されたバイオマスボイラで燃やされて熱や電気に変換されるようになった。丸太を加工する林産業の範囲だけで言えば、入荷した丸太のすべてが余すところなく使い切られて、廃棄物ゼロの状況が実現した。現在進行しているのは、単純な100%利用をさらに進めて、工場残廃材の直接燃焼をなるべく少なくし、より高度な、付加価値の高い製品に切り替えることである。
ドイツやオーストリアで稼働している大型の製材工場をのぞいてみよう。これらの国々でも今から20年、30年前は日本と同様に小さな製材工場がたくさんあった。それが今では年間に数十万立方メートル、さらには100万立方メートル以上の原木を加工する巨大工場が出現して、目にもとまらぬ速さで丸太を板に加工している。工場に丸太が入ってくると、まず剥皮されるが、原木の量が多いだけにその樹皮の量たるや莫大なものだ。10年以上前にはこれの再利用が難しく、埋め立てに回る部分が多かった。それが今では貴重な燃料となり、相当な値段で取引されている。大型工場のボイラは樹皮しか使わない。それだけで相当量の電気をつくって外部に販売し、発電の排熱は製材品やペレット原料の乾燥に振り向けられている。出てくる熱は工場内ではとても使い切れず、地域熱供給の会社に売られる部分が少なくない。
以前は製材の背板や端材なども木屑ボイラで燃やしていたが、今ではパルプ用、ボード用チップとしてマテリアル利用に回されたり、小型ボイラ用の上質チップに変えられている。またおが屑とプレーナ(かんな)屑の行き先は原則として木質ペレット生産だ。ペレットを丸太から製造するには、破砕と乾燥が欠かせない。おが屑であれば、破砕の工程は不要だし、プレーナ屑であれば乾燥材を使っているから乾燥工程も省ける。ペレットの生産コストが安くなるのは当然だろう。
近年ではペレットの消費が大幅に増えて、おが屑とプレーナ屑だけでは原料がまかなえなくなった。小丸太や背板をチップにして生産する例が増えている。プラントの規模を大きくして破砕のコストを下げ、さらにペレットにならない低質の木屑で発電して材料の乾燥にその排熱を使うといった工夫がなされている。木質材料の利用においては、こうした組み合わせが不可欠で、単品主義はどうしても無駄が多くなり、コスト高になりやすい。
パルプ製造においても大きな変化が起こりそうな気配がある。アメリカのエネルギー省は林産業界と共同してパルプ工場を軸にした「統合的な森林バイオリファイナリー」を構想しているようだ*1。最近わが国でも木材からエタノールという話をよく聞くが、そのためには木材からリグニンを除去しなければならない。もともと樹木というのは何百年ものあいだ風雨や病虫害に耐えられるような堅牢な構造になっている。リグニンは繊維という鉄筋を固めるセメントのようなもので簡単には取り出せない。
しかしパルプ工業は昔から紙をつくるための前工程として木材に含まれるリグニンとヘミセルロースを取り除いていた。ここで抽出されたヘミセルロースを加水分解で糖類に変換し、発酵させればエタノールに変えられるだろう。このプロセスの特徴は、これまで単純に燃やされていたヘミセルロースと酢酸を有用な副産物に変え、しかもセルロースパルプの収量をさほど落とさないことだ。予備的な調査の示すところによると、この方式は経済的に実行可能であり、輸送燃料のエタノールが生産できることから、パルプ工場の収益性の向上にもなるという。
リファイナリー構想のもう一つの行き方はパルプ廃液のガス化である。この「黒液」はこれまでトムリンソンの回収ボイラで直接燃やされていたが、これをガス化すると水素と一酸化炭素からなる合成ガスが生産され、これを触媒で改質すれば多様な化学製品や輸送燃料(エタノール、メタノール、ディメチルエーテル、FTディーゼル)になる。
この二つの方式を模式的に描くと下図のようになる。むろん新しい方式がすぐに実用化されるとは思えないが、現在の変換技術を前提にする限り、木材から輸送用燃料を生産する最も実現性の高いやり方になっている。事実、研究者たちの推計によると、全米のパルプ工場でバイオリファイナリー方式が導入されれば、現在生産されているコーンエタノールの2倍以上の輸送用燃料が生産できるという。
図:紙パルプ工業を軸としたバイオリファイナリー
<熊崎 実(日本木質ペレット協会会長・筑波大学名誉教授)>