2002年末に「バイオマス・ニッポン総合戦略」が策定されて、6年が過ぎた。この間、近代的なバイオマス利用推進に向けて、政府、自治体、企業、NPOなどが尽力してきたが、まだ成功例は少なく、課題が山積みと言っていい状態である。その原因の根本には、地域にある「バイオマス」(生物由来の有機資源)を、一義的にエネルギー利用として捕らえ、事業や地域活性化の手段としていることが挙げられるのではないだろうか。
エネルギー利用は、バイオマスの資源利用の中で最も価値の低い利用方法である。最も価値が高いものとしては、図1にあるように、まず薬用、化粧品、機能性食品などが挙げられる。次が食用で、加工によりさらに価値を高めることも可能である。続くのが、繊維、建材、バイオマスプラスチックなどの工業原料である。続いて飼料、肥料の順となり、最後に位置づけられるのがエネルギー利用である。もちろん、場合によってはこの順位が前後することはありうるが、こうした順序は、世界的にバイオマス利用に関わる文献の最初に記されている。
図1:バイオマスの有効利用
図2は、熊本県の阿蘇でススキの利用に取り組んでいるNPO法人九州バイオマスフォーラムの中坊真氏が作成したものである。阿蘇山麓は、日本最大の草原地帯であり、最近、セルロース系エタノール原料として注目が集まる草資源を、日本で最もまとまった量の調達が見込める地域でもある。
図2:草の需要のピラミッド
出典:バイオマス産業社会ネットワーク第74回研究会(中坊真氏)講演資料
かつて牛の飼料とするため、人間が維持管理してきたススキ野原が荒れ、この保全と資源利用としてススキのエネルギー利用(熱・電力供給)に乗り出した。その矢先に、米国のトウモロコシ製エタノール増産政策により、飼料価格が高騰し、日本国内においてススキやワラの飼料としての需要が高まり、価格も上昇するという予想外の事態となっている。
あるいは、コメについても同様のことが言える。日本のコメの消費量は、ピークの1970年頃から現在では約半分に減ったため、減反政策などが行なわれてきた。近年は、休耕田対策として、コメからのエタノール製造が浮上し、各地で実験栽培が始まっている。しかし、小麦粉の代替としての米粉利用、あるいは家畜の餌としての飼料米利用の方が、エタノール製造よりも高く買い取ることができる【*2】。農家への助成も少なくてすみ、また、食糧自給率向上にも直接、貢献する。
農林水産省が進めるバイオマス政策の一つ「バイオマス・タウン構想」も、開始以来4年がたったが、残念ながら成功例はそう多くない。その根本的な理由に、地域の農産物の最も価値の低いバイオマスエネルギー利用で地域振興を行なおうとする構想そのものに無理があるのではないかと考える。成功例では、建材や農産物の付加価値化など、より価値の高い利用が産業として成り立っており、そこで出る副産物・廃棄物の有効利用法としてバイオマス利用を位置づけている(例えば岡山県真庭市での集成材加工とおがくずからの木質ペレット生産など)。さらに、観光と組合せたり、アート等より価値の高い利用(徳島県上勝町の葉っぱビジネスなど)により、地域振興として実効性を挙げている事例がある。
バイオマス利用は、持続可能な地域社会づくりへの具体策となりうる、という点で高く評価すべきものだが、地域振興の切り札のように位置づけるのは、徒(いたずら)に地域の人々を混乱させているのではないかと懸念される。
こうした点は、ブームとなった海外でのバイオ燃料生産についても同様である。
そもそもEUなどにおいてバイオ燃料は、気候変動(温暖化)対策、エネルギー安全保障、農業振興などを目的として推進されてきた。しかし、本白書で記述されるように、エネルギー収支や温暖化ガス収支(原料生産の過程で森林伐採などの土地利用変換による温暖化ガス排出、トラクターや化学肥料、農薬散布による排出、バイオ燃料の生産や輸送にかかる排出などの合計)が悪く、気候変動対策やエネルギー生産としての意味が疑われる例が多数出ている(特にはなはだしいのが、東南アジアの泥炭層を開発したパームオイル生産である)。
農業振興の費用対効果の点からも検証が必要であろう。例えば、毒性があるヤトロファ(ナンヨウアブラギリ)は、食糧と競合しないバイオ燃料原料として国際的なブームを巻き起こしているが、果たしてヤトロファが最良の選択であるかどうかは、慎重に見極める必要がある。乾燥地に育つ作物は他にもあるし、食用とならないことは、生産者にとっては用途が限られるというデメリットでもある。アフリカでは、ヨーロッパ他の外国企業が進出し、生産性の高い食用作物が植えられていた広大な土地や森林に、ヤトロファ栽培を行なう計画が進んでおり、社会的な混乱を引き起こしている【*3】。
今、注目の草木(いわゆるセルロース系)バイオマスについてもこれは当てはまる。木材は、現在でも違法伐採など持続可能性に問題のある利用がされているが、仮に世界の輸送用燃料需要を木材を原料とするセルロース系エタノールでまかなおうとすると、現在の木材生産の少なくとも2倍以上が必要となる。あるいは、世界中の遊休地にミスカンタス(ススキ)のような生産性の高いエネルギー作物を栽培しても、世界のエネルギー需要の5%程度という試算もある【*4】。世界人口は、2008年67億人に達しかつ毎年増加し続けており、食糧生産や生物多様性を損なわないで生産できるセルロース系原料は、世界の輸送用燃料の一部にすぎないと推測される。
地域の事情や時代の変化により、どのようにバイオマス資源を利用するのがよいかは、さまざまであろう。利用可能な土地、あるいはバイオマス資源が地域に存在するとき、どう利用するのが最も経済的、社会的、環境面で適切かをよく吟味した上で事業を実施する慎重さが求められよう【*5】。
<NPO法人バイオマス産業社会ネットワーク理事長 泊 みゆき>