5,000kW規模の木質バイオマス発電は10万㎥という膨大な木材が必要な一方で、発電効率は 20%台であり、コジェネレーションでなければ貴重なバイオマス資源の7割以上が利用されないが、熱利用であれば薪ストーブのような小規模機器でも80%以上の利用効率が可能である【*19】。本来、間伐材など地域の未利用木質バイオマスは、ボイラー、ストーブなどの熱利用に適している。
だが日本では、①燃料用チップや木質ペレットの流通インフラが整備されていない地域が多い ②チップやペレットの規格が普及していない ③燃焼機器の安全基準や性能保証などの整備が遅れている ④ボイラーの種類や導入方法が一般の人にわかりにくい つまり、普及がまだ進んでいない「鶏が先か、卵が先か」状態である。
しかし、ようやく最近になり点から線へ、線から面に普及する地域が出現しつつあり、国内で導入された木質ボイラーは1,700台と順調に増加している。また、日本暖炉ストーブ協会によると、暖炉薪ストーブの年間販売台数(輸入ストーブ中心)は1万台を超えている(下図参照)。
図:木質ボイラー数の推移
出所:平成26年度森林・林業白書
図:暖炉薪ストーブ販売台数推移
出所:日本暖炉ストーブ協会HP
2014年7月には、岩手県紫波町の駅前再開発地区オガールで木質チップボイラーによる熱供給が開始された(目次写真参照)。岩手県では、チップボイラーやペレットストーブの普及を全国に先駆けて行ってきたが、2014年には専門家を派遣する木質バイオマスコーディネーター制度【*20】を設け、無料相談等を行っている。岩手県西和賀町では、2017年までに町内の薪利用世帯割合を50%にする目標を掲げている【*21】。これにより、1億円の灯油代が地域内循環する。ガソリンスタンドの薪版、薪ステーションを設置し、注文に応じてラックに入れた薪を宅配している。病院へのチップボイラー導入なども積極的に行っている。
一般に、東北・北海道など暖房需要の大きな地域では、1世帯当たり数万〜数十万円を暖房費に充てており、人口1万人の自治体であれば、数億円規模の出費となる。灯油やガスでは、そのほとんどは海外や地域外に流出するが、薪など木質バイオマスで賄うことができれば、地域経済に大きく貢献する【*22】。
2014年は、コマツや井村屋など製造業における木質ボイラー導入も目立った。日本林業の近代化の遅れが、ヨーロッパ諸国等に比べて木質バイオマス利用のすすまない要因の一つであることを鑑みると、こうした異業種の参入で、木質バイオマス利用環境が改善されることが期待できよう【*23】。また、約2haの最先端のハウス暖房に木質ボイラーの他、太陽熱や工場排熱も利用する「うれし野アグリ」が三重県松阪市に完成するなど、ハウス暖房等など農業分野への導入も増えつつある。
うれし野アグリの最先端のハウス
木質ペレットについても、通販会社のカタログハウスが、ペレットストーブを販売した顧客向けに自前の工場で生産したペレットの配達を行う事業を開始した(目次写真)。現在は茨城県内が対象で、順次拡大していく予定といったように、各地で普及しつつある。
ペレットストーブ、薪ストーブは、2013年から15年にかけて行われた木材ポイント制度【*24】の対象となり、機器の価格の1割程度のポイントがついた。木材ポイントの申請は、2015年6月20日時点で、木材製品、ストーブで12,949件あった。補助制度も充実してきており、木質ボイラー導入では、再生可能エネルギー熱利用加速化支援対策費補助金【*25】等の補助金が、設備導入費等のうち、自治体や非営利団体なら1/2、民間事業者なら1/3の助成を受けることができる【*26】。 また山村支援センターは、2015 年3 月に「再生可能エネルギーを活用した地域活性化の手引き【*27】を作成した。木質バイオマスを中心に、基礎知識、導入例、実際に導入する場合の計画策定、実施体制、参考資料等について詳細に記述されている。
地域に低質材のマーケット、バイオマス集積基地を設けると、低質材の利用増加に大いに貢献する。高知県で土佐の森・救援隊がいの町などで開設したのを皮切りに、真庭バイオマス集積基地、全国各地で50カ所あまりに増えつつある「木の駅」など、常設の場合や、期日を決めて市場(いちば)を開設する事例が増えている。
福岡県糸島市では、市が土地を借り、㈱伊万里木材市場に運営を委託する公設民営の原木集積施設「伊都山燦(いとさんさん)」が設立された(目次写真)。地元の林業研究会などの自伐林家が持ち込む間伐材、工事で出る支障木、造園業者らが持ち込む剪定枝等を、原木価格に市から補助される商品券を加えて買取っている。材の使い道は製紙用、燃料用チップ(市がチッパーを所有)、薪、木工作家向けなどである。目利きの人材が木材の価値を見分け、「木のコンビニ」として機能させている。2013年10月に開設後、1年で100t/月程度が買取られている。市からの補助はいずれなくなり、民営化される予定である。従来、使われなかった低質材が、地域にマーケットができることで供給と需要がつながり、雇用にもつながった。
また2014年6月、自伐型林業推進協会が設立され、「山林所有の有無、あるいは所有規模にこだわらずに、森林の経営や管理、施業を自ら(山林所有者や地域)が行う、自立・自営型の林業であり、限られた森林が所在する地域で暮らし、その森林を永続管理し、持続的に収入を得ていく林業【*28】」としての自伐林業の普及促進を行っている。
「薪」は、経済的でリーズナブルな、今も木質バイオマスの重要な利用形態である。欧米でも薪は現役の燃料であり、木質バイオマス利用で日本が手本とするオーストリアでは、木質バイオマス利用量の4割は、薪である。
薪の長所は、加工がローテクなだけに、生産のハードルが非常に低く誰でもできることである。チェーンソー、斧、そしてある程度の量を生産するなら薪割り機を利用するが、これも中古なら数万円程度から入手可能である。空き時間を使えば、加工費の追加コストはゼロに近くなる。
地域産業として見ても、薪は販売価格のほとんどが人件費であるため、バイオマス発電などと比較して、同じ量の木質バイオマス利用における雇用効果が大きい。例えば、長野県伊那市の薪ストーブ販売施工会社、DLDは、森林組合やNPO、自伐林家などから6,000円/㎥で原木を購入、乾燥、玉切り、薪割り、乾燥し、薪ストーブユーザーに配達し、1,000t程度の薪販売で、アルバイトを含め50名以上を雇用している。
利用機器の面でも、ボイラー、ストーブ、給湯器など国産、輸入を含め、多種多様なものが入手できるようになってきた。いくつか例を挙げると、上写真は、長府製作所の薪と石油が併用できる家庭用給湯器である。タイマーで沸かしたいときは石油、時間に余裕があれば薪、と都合に合わせて使える。薪がただ同然で入手できる農村部などで、重宝されている。中写真は、オーストリアETA社の20kWの薪ボイラーである。設置費込で300万円程度だが、家庭の給湯と暖房をこれ一台で賄える。一日一回、薪を投入しておけば、あとは貯湯槽にお湯が蓄えられ、蛇口をひねればお湯が出る。写真下は、石村工業のハウス暖房用薪ストーブ「ゴロン太」である。設置費込で38万円程度、重油ボイラーと併用すれば、充分実用性がある。
薪-石油併用ふろがま
写真提供:長府製作所【*29】
ETA社の薪ボイラー
ハウス暖房用薪ストーブ「ゴロン太」
写真提供:石村工業㈱【*30】
薪ストーブや薪ボイラーも多様な種類があり、普及が広がっている。木質ペレットやチップと並び、それぞれの条件はあるが、薪の利用は、実益、収入源、新規雇用創出、低質材の出口、里山保全、環境教育、暮らしの豊かさ、エネルギー自給など多方面にわたるメリットがある。今一度、薪を見直す時期に来ていると言えよう。
薪ストーブは、日本でも実用化した利用機器であり、最新の機器では利用効率、室内空気汚染、安全性などの点で大きく改善している。薪ストーブ導入者は、燃料代の節約のため、貪欲に薪を求める傾向がある。その一方で、地域には里山など、管理がいきとどかない森林資源が多く存在している。
この二つを結びつけるのが、薪ストーブユーザーが休日に森林整備に参加し、薪を調達する「薪割クラブ」の活動である。ふくしま薪ネット、遠野エコネット、もりおか薪割りクラブなど東北を中心に各地に広がりつつある。例えば、岩手県遠野市の遠野エコネットは、「遠野・山仕事はじめの一歩(入門)講座」として、チェーンソーによる伐採など山仕事の講座、遠野・薪づくり倶楽部、「遠野・森業(もりわざ)倶楽部」として製材や木工など、さまざまな講習や活動を行い、山仕事の普及を図っている【*31】。
岩手県大槌町は、東日本大震災の津波で、町長をはじめ死者・行方不明者1600人以上という甚大な被害を被った。海岸沿いにある同町吉里吉里地区も、津波を受け、避難所に身をよせた人々は当初、お風呂に入ることができなかった。岩手県職員の深澤光氏らの尽力により、そこに2台の木質バイオマスボイラが運び込まれ、被災材を薪にし薪ボイラで沸かしたお湯を張り、テントで覆った。3週間ぶりのお風呂に、子どもたちの歓声が沸いた。(この入浴施設には、「つながり・ぬくもりプロジェクト」ほか20以上の団体・個人が支援を行った。)
この木質ボイラによる入浴施設は、初めNPOやボランティアが運営していたが、避難所の移転を契機に、被災者自身が運営管理を行うようになる。さらに、木質ボイラのための薪づくりをしていたボランティアの「これ、売れるのでは?」という一言をきっかけに、被災材でつくった薪を、「復活の薪」として全国の薪ストーブユーザーに販売。被災者にとって貴重な現金収入となった。
吉里吉里地区の主産業は水産業だったが、津波で港も船も破壊された。働こうにも、若い人はまだしも、年配者向けの求人は少ない。ふと顧みると、裏山には先人たちが植え伐採期を迎えた、手つかずの人工林があった。「復活の薪」を売った被災者たちは、NPO法人吉里吉里国を立ち上げた。研修で林業技術を身に付けた10名あまりが、林業を始めた。津波をかぶって枯れた杉の伐採を自治体から請け負ったり、自分では手入れができない地域の山主の山を間伐、薪の製造・販売も行っている。
甚大な被害を受けた大槌町には多数のボランティアや支援者が来訪するが、町内には宿泊施設がほとんどかったため、町は第三セクターの宿泊施設「ホワイトベース大槌」を建設した。この施設の入浴施設にプロパンガスを入れると聞いた、吉里吉里国の代表、芳賀正彦氏は、「うちの団体が薪ボイラでお湯を提供する」と申し入れた。
NPO吉里吉里国は、薪ではなく、入浴施設のためのお湯を売る、つまり「熱供給事業」を行っている。ホワイトベース大槌は、プロパンガスを使用した場合よりやや少ない費用をお湯に対して払い、NPO吉里吉里国が薪と薪ボイラを提供し、スタッフがお湯をわかす。芳賀氏は、「震災直後は被災材で薪をつくった。被災者を温めてくれたこのボイラで、今度は復興のために大槌に来てくれる人たちの疲れを癖やしたい」と話している。
甚大な被害を受けた被災地だが、自立していかなければならない。それでなくても過疎地、限界集落となっていた地域も多く、震災で一段と状況は厳しくなっている。そんななかで、地域にある山林資源に目を向け、森林組合とも良好な関係をもちながら林業や木質バイオマス事業を行っているNPO法人吉里吉里国は、これからの日本の山村の未来への、一筋の光明のように思える。使える補助金は使い、支援を受けながら、自らの足で立ち、知恵を絞って動く、そうした気概にエールを送りたい。
宿泊施設に入った薪ボイラとNPO吉里吉里国スタッフ【*】