木質バイオマス利用は、言うまでもなく森林生態系サービスのひとつである木材生産機能の上に成り立っている。つまり、林業・木材産業を基盤として、木質バイオマス利用は発展していくべきものである。しかしながら、2012年7月の再生可能エネルギー電力全量固定価格買取制度(FIT)の施行以降、大規模な木質バイオマス発電の計画が全国各地で持ち上がっており、林業・木材産業との関連付けがほとんどなされていないのではないかと思われる計画も散見される。
以上を背景として、本稿では、今日、日本及び東北の林業・木材産業が置かれている状況と問題点について整理する。次に、東日本大震災によって得た気づきと、木質バイオマスに込められた期待や役割について確認した上で、FITにおける「発電のみ」の木質バイオマス発電の問題点について検討を行った。最後に、自然エネルギーとしての木質バイオマスが、本来の役割を発揮するための小規模分散型熱利用の重要性について述べてみたい。
日本及び東北の林業問題を最近20〜30年間の資本主義経済下で生じた諸問題として3点に絞って整理してみたい。
1点目は、経済の国際化がもたらした問題である。1985年のプラザ合意に基づく円高ドル安誘導は、日本資本主義の構造を大きく変えることとなったが、林業もまた例外ではなかった。1985年以前の為替レートは1ドル240円の水準であったが、1990年頃には80円/ドルの水準に達した。この急激な円高とその定着により、外材は製品形態での輸入が急増し、2010年までにその割合は88.4%に達した。1985年以前の日本の林業・木材産業は人工林資源がなお収穫段階に至っていなかったことや、低賃金構造に基づく零細な経営にとどまっている状況にあった。そのような構造の改善が進まないなか、短期間で円高が進んだことにより、競争条件は一変しさらなる後退を余儀なくされた。
国際化によって生じたもうひとつの問題は、立木価格の下落である。円高の進行によって木材生産体制は国際分業化され、日本の林業生産力水準は国際的に序列化されることとなった。その結果、日本林業は最底辺に位置づけられ、伐採圏外化したとでもいうべき状況となり、立木価格は史上最低を更新し続けた。
2点目の問題は、「B 材の標準化」と表現できる。世界的にみても安価な資源となった日本の森林資源は、2000年代以降徐々に収穫段階に移行し、この資源を木材産業が捉え始めるようになった。具体的には、大型の国産材製材工場が出現し、特に九州と東北において顕著であった。そして、それらの大型製材工場の素材消費量に占める割合が近年拡大傾向にある。2010年における製材工場数は6,569工場であったが、そのうち出力300kW以上の大型工場は450工場に過ぎない。しかし、それらで実に国産材製材用素材の60%を消費している。
もうひとつの大きな変化は、合板工場が国産材を取り込んでいったことである。ロシアの輸出関税引き上げが直接のきっかけであったが、2005年頃より国産材の需要量が増加し、2010年までに合板用素材の65%が国産材で占められるに至った。
この結果、合板工場が数多く立地する東北地域(特に、岩手県、宮城県、秋田県)では、素材生産量が最近10年ほどで100万㎥増加し、それはいわゆるB材、すなわち合板向けの素材によるものであった。そして、素材はB材を基準として価格形成されるようになり、製材向けのA材は数量、価格ともに頭打ちの状態となっている。いわばB材の標準化とでもいうべき状況である(図2)。
3点目の問題は、新たな低賃金構造が形成されつつあることである。今や東北は全国区の素材生産量の4分の1を生産する地域となっている。高性能林業機械の導入が進み、生産性も北海道に次ぐ水準に達している。しかしながら、賃金水準は全国で最も低位で、平均年収では、全国平均に対し約50万円低く、最も高い関東・東山地域に対しては100万円もの開きがある。
このように、新たな需要が生まれ、それに呼応して生産量が拡大し生産性が向上したとしても、立木価格の上昇や林業就労者の所得向上に必ずしも結びついていないという点が、今日の東北林業の困難さの一端を表している。
図2:東北地域における用途別素材生産量
資料:木材需給報告
東日本大震災はこれまでの価値観を根底から覆すような出来事であったが、なかでも林業や木質バイオマスに関わって得た気づきについて、2点ほど取り上げてみたい。
1点目は、巨大システムへの依存がいかにリスクを高めていたのかということである。具体的には、大震災直後、精油所の操業停止と物流の寸断により、東日本全体が石油不足となった。東北では約1カ月間ガソリンや灯油の入手が困難であった。原発事故も含め、私たち一人一人がエネルギーとどう向き合い関わって行くべきかの問いかけであったといえる。
もうひとつは、林業視点からは、合板工場の被災によってB材の流通がストップしたことで、林業・木材産業全体が停滞し大きな影響が出たことである。合板依存が生んだ東北的な間接被害であった。
資源・資本・市場の外部依存は、リスクを高め地域を不安定化させる要因となることが鮮明となり、地域の安定基盤や基軸をどこに求めていくかについて、真剣に考えるべきであることを示唆するものである。林業と関わっては、カスケード利用を進めながら、公正な価値評価を進めるともに、安定的需要であり地域の富の蓄積に貢献する木質バイオマス利用をいかに実現していくかが課題となる。
以上のような東北林業の現状や大震災後の価値観の転換を踏まえ、各地域で計画されている「発電のみ」の木質バイオマス発電について検討すると、次の6つの問題点が指摘できる。
311の震災は、東北地方に甚大な地震、津波、放射能汚染の被害をもたらした。その一方で脱原発・再生可能エネルギー拡大の機運を大きく高める契機となった。そして2012年7月から再生可能エネルギー電力買取制度(FIT)が始まり、莫大な復興予算も投じられている。
こうしたなかで、東北地方の持続可能な木質バイオマス利用推進のために、関係者は何をすべきか、そしてそのための協力関係の構築について議論を行い、適切で効果的な森林資源管理・バイオマス利用促進策への向けての関係者の情報交換の場を設定し、今後につなげていくきっかけとするため、NPO法人バイオマス産業社会ネットワーク主催により、2013年1月16日、シンポジウム「東北・木質バイオマスシンポジウム2013 〜 311を超えて 持続可能で地域自立に向けての木質バイオマス利用のために 〜」が岩手大学で開催された。
伊藤幸男氏(岩手大学准教授、岩手・木質バイオマス研究会代表)「東北の林産業のバランスのとれた発展と木質バイオマス利用拡大とは」、高橋幸男氏(釜石地方森林組合参事)「再生可能エネルギー電力買取制度(FIT)開始と地域の持続可能な森林資源利用 〜 石炭火力発電所への木質バイオマス混焼事業について 〜 」、大場隆博氏(NPO法人日本の森バイオマスネットワーク副理事長)「311と東北地域のバイオマス協力の形成」、鈴木正美氏(阿武隈・八溝木質バイオマス協議会会長)「福島における木質バイオマス利用と放射能汚染にどう取り組むか」の各講演が行われた。また、「ふくしま薪ネット」、「つながり・ぬくもりプロジェクト東北」、「NPO法人吉里吉里国」、「遠野エコネット」の団体紹介も行われた。
パネルディスカッション「311後の東北の持続可能な木質バイオマス利用推進に向けてなすべきこと」では、岡田久典氏(W-BRDGE)が加わり、司会は泊みゆき(NPO法人バイオマス産業社会ネットワーク理事長)が務めた。自治体、企業、大学、NPO、メディアなど80名以上が参加し、活発な議論を行った。
また、本シンポジウムより、東北で木質バイオマスに取り組む団体・個人の情報交換、協力のための枠組みとして東北木質バイオマスプラットフォーム【1】が正式に発足し、HP開設、メーリングリストなどの活動が始まった。
本章は、このシンポジウムでの講演内容・資料および議論を、編集部の責任で再構成したものである(「1.東北の林産業のバランスのとれた発展と木質バイオマス利用拡大とは」については、伊藤幸男氏に原稿を書き下ろしていただいた)【2】。
では、私たちは木質バイオマスのどの部分から取り組んでいったらいいのだろうか。多くの地域は、近代的木質バイオマス利用の経験が浅いと思われるので、ハードルの高い産業的利用からではなく、最も身近な資源を家庭レベル、地域レベルで利用していくことを提案したい。例えば、最も身近な木質燃料である薪をもっと重視してよいだろう。「薪一本の革命」とは、自然農法を提唱した福岡正信の「わら一本の革命」をもじったものであるが、薪一本からでも地域を変えていく力を持っている。
その根拠は、化石燃料からの依存から脱していくことが地域に大きな富をもたらすという考えに基づいている。例えば、原油価格は最近10年間で3倍上昇し、日本の原油輸入額は約2,000億ドルに達し、化石燃料全体では24兆円ともいわれている。それに加えて、化石燃料への依存は、それへの支払いが地域からの富の流出となることを意味する。例えば、木質バイオマスを熱として利用する場合の競合する化石燃料は、灯油とA重油だが、2010年度における岩手県のこれらの販売額は466億円であった。これは岩手県の米の生産額456億円を上回る額である。これだけの富が地域外への支払いとして消えてしまっている点は、深刻な事実として認識しておくべきであろう。
図3:日本の原油輸入額の推移
資料:IMF - World Economic Outlook Databases
では、この灯油・A重油の全てを木質バイオマスで置き換えることができるかと言えば、そうではない。岩手県の場合、現在の素材生産量の3〜4倍を燃やすためだけに生産しなければならない計算である。まず、化石燃料の使用量の削減が最優先であり、その上で、木質バイオマスに転換しやすい部分から取り組んでいくことが望ましいであろう。しかし仮に、岩手県の灯油・A重油販売量の10%を木質バイオマスに転換すると、36億円の市場規模になると岩手・木質バイオマス研究会【10】では試算している。木質バイオマスの市場の可能性は非常に大きいのである。
さらに、より小さな地域レベル、家庭レベルでみると、より大きな効果があると考えられている。農林水産政策研究所の澤内らによる岩手県西和賀町での研究【11】によると、町の世帯数2,300世帯の50%が薪ストーブを導入した場合、1世帯当たり4.8〜6.7万円/年の節約に、町全体では5,895〜8,290万円/年の節約になると試算されている。一般に所得水準の低い地方においては、所得に対するエネルギーへの支払いの割合は大きくなるため、個々の家庭のおける節約効果は見かけの金額以上に大きいと考えられるのである。 このように、私たちの意思とは無関係に増加し続ける化石燃料への支払いを少しでも減らし、地域資源との結びつきを取り戻しながら小規模分散型の熱利用が網の目のように広がっていくことこそが、地域を大きく変えていく原動力になっていくことを、改めて強調したい(図4)。
図4:木質バイオマス利用による地域の自立モデル
木質バイオマスを供給する林業は、その燃料としての市場の大きさ、可能性をまず認識し、小規模分散型に対応した供給体制を構築すべきである。木材の大規模な需要先として、木質バイオマス発電への期待もあるだろうが、製材の生産性が立木価格を引き上げることが出来る水準に達していなければ、B材以下の需要がいくら増加しても木材価格を引き下げる方向にしか作用せず、中長期的に見て林業の持続性が損なわれる可能性がある。
ドイツの再生可能エネルギーのキーパーソンであるヘルマン・シェーアが言うとおり、自然エネルギーは地域住民の手の中になければ、その意味が損なわれる。木質バイオマスもまた地域住民の手の中で成長を遂げていくことが重要であり、その先に効率的な木質バイオマス産業の姿が描けるのである。その重要な基盤となるのは地域の林業・木材産業であり、適切かつ公正な価値の実現を目指したカスケード利用の体系構築によってこそ、木質バイオマスの利用拡大が実現しうるであろう。