バイオ燃料2 導入政策と課題

(1)政府の政策

2008年からの京都議定書の第一約束期間開始を目前にひかえて2005年4月に閣議決定された「京都議定書目標達成計画」に、2010年にバイオマス熱利用308万kl(石油換算)、うち50万klを輸送用燃料で賄うという目標が盛り込まれた。それを受けて、2006年3月に改定されたバイオマス・ニッポン総合戦略でも、同じく50万klのバイオ燃料導入目標が入っている。2005年5月に公表された環境省のエコ燃料利用推進会議報告書によると、導入目標量50万klの9割以上は輸入になると予測されている*1。また、2006年5月に発表された「新・国家エネルギー戦略」においても、2030年までに輸送部門の石油依存度を80%程度に引き下げる目標が盛り込まれた*2。

2006年11月、安倍晋三首相は、日本のガソリンの年間消費量の1割に当たる600万klを国産バイオ燃料に転換する目標の工程表作成を松岡利勝農水相に指示したと報道された。

一方、経済産業省の要請を受けた石油連盟は、2010年に36万kl(石油換算21万kl)のバイオエタノールの導入方針を決定。2007年より、エタノールを石油の副産物であるイソブテンと合成したETBE(エタル・ターシャリー・ブチル・エーテル)の形で導入する。当初はフランスからETBEを輸入し、その後はブラジルからエタノールを輸入して生産する予定。

また、経済産業省はバイオディーゼル混合軽油の規格案をとりまとめ、2007年度末に「揮発油等の品質の確保等に関する法律」(品確法)施行規則で規定する軽油規格に追加することとなっている*3。

コラム◆「バイオ燃料の持続可能性に関する要請」を各省に提出

バイオ燃料の持続可能性に関心をもつ(財)地球・人間環境フォーラム、国際NGO FoE JAPANなどの環境団体・個人は、2006年5-6月、バイオ燃料を一律に「エコ燃料」と呼び、急激に大量の輸入を行うことは、温暖化防止対策に逆行し、生態系の破壊や土地問題や労働問題など持続可能性に反するさまざまな問題を生みかねないおそれがあるとして、環境省、内閣府、農林水産省、経済産業省、国土交通省に対し、バイオ燃料利用推進に関し、以下の主旨の要請を行った*。

1.国産・地域産のバイオマスの利用を優先すること 2.バイオ燃料の輸入に際しては、生産地および加工過程における環境・社会問題のより少ないものを優先すること 3.原料調達の際のサプライチェーンの把握と透明性の確保などを柱とするガイドラインを作成すること

この要請はマスメディアにも取り上げられ、日本でのバイオ燃料推進の議論に一石を投じた。これらの団体は引き続き、バイオ燃料の持続性についてのシンポジウムの開催(2007年2月)や共同提言の発表などの活動を続けている。

*要請の全文は、http://www.shonan.ne.jp/~gef20/gef/に掲載

(2)バイオ燃料導入における課題

さまざまな温暖化防止対策にも関わらず、輸送部門のエネルギー需要量が減らない状況から出てきたと思われる輸送用バイオ燃料導入策だが、実際の導入においては、多くの課題・問題を抱えている。

1)輸入バイオ燃料利用上の課題

バイオ燃料の利用は、輸入によるものが主体となると見られているが、輸入バイオ燃料利用には、原料生産地における生態系や社会への悪影響、食糧との競合など様々な課題がある。現在、まとまった量が輸入可能なのは、マレーシア、インドネシアからのパームオイルを原料とするバイオディーゼルと、ブラジルからのサトウキビを原料とするエタノールにほぼ限られる。

a.マレーシア、インドネシアからのパームオイル

マレーシア、インドネシアのパームオイル(ヤシ油)生産における大きな問題は、ボルネオ島などの熱帯林減少の主要な要因の一つとなっていることである。両国とも近年、パームオイル生産を急増させているが、大規模なプランテーション(農園)開発が行われる際に、森林の皆伐や地域住民との土地問題が生じるケースがある。また、パームオイル生産において、不法移民による労働、農薬による健康被害、児童労働などの労働問題や、未処理の廃液による深刻な水質汚染、さらに残渣からメタンガスが発生して大気中に放出され、温暖化を促進しているといった問題も生じている*4。

オイルパーム農園のため皆伐された熱帯林

オイルパーム農園のため皆伐された熱帯林

学校に行かずオイルパーム農園で働く子ども

学校に行かずオイルパーム農園で働く子ども
(いずれもマレーシア サラワク州 撮影:峠隆一)

こうした問題への取り組みも始まっており、「持続可能なパームオイルに関する円卓会議(RSPO)」が2003年に組織され、プランテーション開発時や生産を持続可能なものとするための原則の基本方針が採択された。認証制度導入も視野に入れて活動を行っている*5。

他の一次産品においても同様だが、どのようなプロセスで生産された製品かを見極めながら選択して購入しなければ、温暖化対策などのために導入するバイオディーゼル利用が、持続可能性を危うくすることになりかねないリスクをはらんでいる。

b.ブラジルのエタノール

ブラジルにおいても、エタノール輸出増・サトウキビ畑拡大が貴重な生態系であるセラード(潅木林)等への圧力になりかねないといった問題がある一方、ルラ大統領は貧困対策・雇用対策としてエタノールを活用する政策をとっており、どのように生産されたエタノールであるか注意深く生産地の状況を見極める必要はあろう。

また、ブラジルでは2005年の1600万klから2015年には3690万klまでエタノール生産量が増加するという予測*6もあるが、ブラジル国内のエタノール需要も伸びてきており、世界的にもエタノール需要が増大する中、日本がどの程度の量を輸入できるか不明な要素も多い。

サンパウロ郊外に広がるサトウキビ畑

サンパウロ郊外に広がるサトウキビ畑

日量1300klを生産するエタノール工場

日量1300klを生産するエタノール工場

世界で最も安いブラジル産エタノールも、日本に輸入して利用しようとするとガソリン価格より高コストになる。エタノール普及には、ハード面のインフラストラクチャーの整備とともに、バイオ燃料を導入している欧米諸国と同様に、揮発油税免税などの社会的インフラの整備も必要となってこよう。

c.食糧との競合の問題

2006年に世界人口は65億人を突破し、さらに増加し続けている。加えて中国などの食肉消費量の増加により、食糧事情の悪化が予想される中、限られた耕地をバイオ燃料に回すと、食糧価格の高騰や食糧不足を加速させるおそれがある。特に食糧輸入国の低所得者層へのしわ寄せが懸念される。

バイオ燃料と食糧との競合の問題は、1)廃棄物バイオマスの利用 2)休耕地・耕作放棄地での原料生産 3)アグロフォレストリーなどの混植、裏作、輪作、茎など非可食部分の利用といった食糧と同時に生産する方法 4)食糧生産に向かない土地での生産 などが対処方法として考えられる。

しかし、現時点ではサトウキビ、パームオイル、トウモロコシ、ナタネ油など食用作物を原料とするバイオ燃料に価格競争力があり、実際にトウモロコシや砂糖の国際価格が上昇している。

(3)国産バイオ燃料利用上の課題

1)廃食油からのバイオディーゼル(BDF)利用

現在、日本国内で実際に利用されているバイオ燃料は、廃食油を原料とするBDFにほぼ限られている。京都市などの自治体や企業、NPOなどによる廃食油回収・BDF利用はここ一年でも著しく増加しているが、BDF需要の増大から、廃食油の価格が跳ね上がった地域もあり、供給体制を見極めながら取り組みを進める必要があろう。

全国100ヵ所以上で取り組まれている菜の花プロジェクトでは、国産ナタネ油の生産コストが300〜800円/リットルかかることから、いったん食用にした後、廃食油を回収してBDF利用を行っている。「エネルギーを地域で生産できる」ことを地域の人々が実感できるといった啓発効果があり、また、観光化や非遺伝子組み換え食用油など関連商品の開発などによって、経済的に成功する例も登場し、高く評価されている。

ただこうした利用は、廃食油を原料とする制約から、日本の軽油需要の1%以下の供給量に留まると見られている。

BDFで稼動するトラクター

BDFで稼動するトラクター
写真提供:菜の花プロジェクトネットワーク

2)バイオエタノール生産における課題

a. 欧米との違い

現在、国内では、北海道十勝地区(規格外小麦等)、山形県新庄市(ソルガム)、大阪府堺市(建築廃材)、岡山県真庭市(端材)、沖縄県伊江島・宮古島(糖蜜)等でバイオエタノール実証実験が行われているが、国産バイオエタノールの生産については、さらに高いハードルがある。バイオ燃料を導入してきた欧米は、すでに食糧自給率100%を達成しており、余剰作物や休耕地の利用法としてバイオ燃料推進が行われてきた。しかし、食糧自給率が40%(カロリーベース)の日本には、バイオ燃料の原料とする余剰作物がほとんどない。

さらにエタノールはガソリンと競合するため、付加価値化が難しいと考えられる。揮発油税が免税されていない現状では、逆有償の廃棄物系バイオマスを原料としなければ事業は成り立たないと見られている。免税が行われても、原料は20円/kg程度のコストに抑える必要があると言われており、資源米をこの価格で生産できるかどうか疑問がもたれる。

資源米の利用法としては、バイオマス・プラスチック原料等のマテリアル利用の方が、付加価値化が可能であり、生産者への利益還元もより多い額が期待できる。古古米やミニマムアクセス米についても同様である。

b.セルロース系原料

2007年1月に、大阪府堺市で世界初の廃材などセルロース系を原料とするバイオエタノール工場が稼動を始めた。セルロース系バイオマスは、食糧と競合しない原料として期待されているが、国内の逆有償の建設廃材は、電力会社に一定割合の新エネルギー利用を義務付ける「電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法(RPS法)」の施行後、バイオマス発電施設が各地で稼動したことなどから、すでに逼迫状況にある。現在、RPS法の義務量引き上げが検討されており、将来、事業性でより困難と見られるエタノール原料に回る廃材等がどの程度あるか疑問である。間伐材や林地残材などの賦存量は多いが、低価格での回収システムが未整備といった大きな課題がある。

表:国産エタノール利用上の課題

(4)バランスの取れた利用を

現在、世界で生産されているバイオ燃料を全部集めても、日本の輸送用エネルギーすべては賄えない。政府の2010年の導入目標50万klは輸送用燃料需要の0.6%にすぎず、今後、輸入・国産を含め利用を進めていくとしても、輸送用燃料の10%をバイオ燃料で代替することすら、決して簡単ではない。

我々はまず、エネルギー需要抑制や、地域の持続可能な分散型エネルギーで需要を満たすような社会システムの改革を行っていく必要があろう。都市計画における交通システムの改革、公共交通機関や自転車利用の促進、燃費向上、エコドライブなど需要抑制、あるいは貨物輸送の適正化などによって、利便性を保ちつつ輸送部門の環境負荷を低減させることは可能である。輸送用燃料における石油依存度低下であれば、電気自動車の普及や天然ガス等への燃料転換、またバイオオイル(BTL)やブタノールなどエタノール以外のバイオ燃料の利用法と比較しながら進めていくべきであろう。

特に、温暖化対策やエネルギー安全保障のための国産バイオ燃料の導入なら、トータルでのエネルギー投入量が生産されたエタノールの熱量より低くなくてはならない。このように考えると、国産エタノール生産の事業化は、相当厳しいと思われる。エタノール利用の目的を再考した上で、バランスのとれた取り組みを行うべきであろう。

コラム◆バイオマス成功の秘訣はスケール感と工夫にあり

バイオ燃料の持続可能性に関心をもつ(財)地球・人間環境フォーラム、国際NGO FoE JAPANなどの環境団体・個人は、2006年5-6月、バイオ燃料を一律に「エコ燃料」と呼び、急激に大量の輸入を行うことは、温暖化防止対策に逆行し、生態系の破壊や土地問題や労働問題など持続可能性に反するさまざまな問題を生みかねないおそれがあるとして、環境省、内閣府、農林水産省、経済産業省、国土交通省に対し、バイオ燃料利用推進に関し、以下の主旨の要請を行った*。

バイオマス関連の事業計画に数多く接する機会がある中で、いつも不思議に思うのは、事業計画のスケール感の問題だ。簡単に言えば、電力供給や、ガソリン、住宅資材など、大量生産大量消費が社会システムとして確立している分野に、特に工夫もなしにコスト面ではまったく競争力のないバイオマス製品(エネルギー)を投入しようという計画がいまだに目白押しだということだ。

たとえば、ガソリンなどの液体燃料をバイオマス燃料で単純に代替させる試みは、まさにグローバルないしは全国的なレベルの話であり、税制や、バイオマス資源原産地における社会問題や環境問題などとリンクして考えるべき問題であろう。それを地方の資源有効活用や地域おこしのレベルで考えたり、企画したりすることは相当無理があるといわざるを得ない。菜の花プロジェクトのような観光や地域社会の形成などきわめて大きい付加価値をもったものや、徳島県上勝町などのように、プロのバイヤー(商品の仕入担当者)も真っ青になるほどのシステムが構築できるのなら、話は別だが。というより、バイオマスの利活用はそれぐらいのレベルを目指さないと無理なのではなかろうか。「無理な話」だとの声も聞こえてきそうだが、地方の疲弊化が進む中、知恵のみがこの現状を打破することができるのだと確信している。

プラントや調査企画などのイニシャルコストの補助措置は充実しつつあるが、ランニングコストは補助されない。環境保全や地域形成の効果がさほど大きくないのに、赤字を垂れ流す構造は大きな問題である。すでに一部では「バイオマス疲れ」との声も出ている。せっかくのバイオマス導入が地域の疲弊を引き起こさないように、私も気をつけていきたいと考えている。

<バイオマス産業社会ネットワーク副理事長 岡田久典>