2022年度から、売電収入に「プレミアム(補助金)」を上乗せした金額が売電事業者に支払われるフィード・イン・プレミアム(FIP)制度が開始された。また、FIT制度が認められる区分・規模においても地域活用要件が課せられるようになった【*1】。
2023年度から、一般木質バイオマス発電の区分は2,000kW~1万kWの規模ではFIPのみとなり、2024年度からは50kW以上の規模でFIPが選択可能となる。
2024年度の買取価格は、2023年度から変更されない。2023年度よりメタン発酵バイオガス発電の買取価格は、35円/kWhに変更される。
図1:FIT/FIP・入札の対象(バイオマス)のイメージ
出所:令和5年度以降の調達価格等に関する意見
2022年、ウクライナ危機や円安の影響で、エネルギー価格が高騰した。その前のウッドショックの影響などもあり、バイオマス燃料の価格も高騰している。
関電や兵庫県、朝来市などが協力し間伐材の利用を行う「兵庫モデル」を掲げていた、朝来バイオマス発電が稼働を停止した。燃料供給を担っていた兵庫県森林組合連合会が、木材価格が上昇し収益悪化したことから、事業継続が困難として撤退を申し出た。関西電力はこれを受けて2022年12月に稼働を停止、発電所の売却を含め検討するとしている【*2】。
日本木質バイオマスエネルギー協会が2023年1月に行った燃料調達状況に関する臨時アンケートによると、4割近くのバイオマス発電所では計画通りに稼働できていないと回答した【*3】。調達不足の要因については、近隣の発電事業者との競合が最も多く、マテリアル向け需要との競合を挙げる回答も多かった。
バイオマス持続可能性ワーキンググループは、2022年度に7回会合を開き、そこでの検討結果として、調達価格等算定委員会へ報告を行った。
また、パーム油の持続可能性確認に関わる経過措置は、2023年3月末を経過の期限とすることとなった。
表1:バイオマス持続可能性ワーキンググループからの報告
検討項目 | 整理した内容(要旨) | 今後の対応事項 |
---|---|---|
持続可能性基準・食料競合 |
【持続可能性確認に係る経過措置について】 ●PKS及びパームトランクについては、これ以上の経過措置の延長は原則として行わないことを前提として、経過措置の期間を1年間延長し、2024年3月31日とする。なお、引き続き、持続可能性の確保に関する情報公開の履行徹底を求める。 【新たな第三者認証の追加】 ●MSPO Part4-1,4-2,4-3(PKS、パームトランクが対象※)及びISCC Japan FITSustainable Palm Oil(パーム油が対象)を追加。 ※パーム油については栽培工程を確認する MSPO Part2,3が追加とはなっておらず、適用は想定しない |
【新第三者認証の追加】 ●今回の評価では不採用となった第三者認証について、アップデートを確認し再検討。 ●新たな第三者認証が整備され、評価を求められた場合は、新たに検討。 |
【新規燃料の候補に求める持続可能性基準と確認方法】 ●これまでに業界団体から要望のあった、食料競合の懸念のない新規燃料候補に対して求める持続可能性基準は、既存の農産物の収穫に伴って生じるバイオマスに求めるものと同じものとし、確認方法としては、FIT/FIP制度で既に活用している第三者認証スキームを活用するものとする。 |
【既存認証スキームとの調整】 ●新規燃料の候補が正式に追加された後、既存認証スキームの改定を要請。 |
|
ライフサイクルGHG |
【既定値】 ●既存燃料のうち、農産物の収穫に伴って生じるバイオマス・輸入木質バイオマス・国内木質バイオマスのLCGHG既定値(案)を作成した(図2)。 【確認手段】 ●農産物の収穫に伴って生じるバイオマス・輸入木質バイオマスについては、既存認証スキームを活用。ヒアリングにおいて各認証が示したメルクマールへの適合の方針に従い基準の整備を依頼。 ●国内木質バイオマスについては、木質バイオマス証明ガイドラインの仕組みを参考としつつ、これを改良・強化し、確認手段として活用。その他バイオマスは引き続き検討。 【発電所の実施事項と制度開始時期】 ●農産物の収穫に伴って生じるバイオマス(輸入)、輸入木質バイオマス、国内木質バイオマスについては、経過措置を設けつつ、2023年4月に制度を開始。 ✓ 2021年度以前の認定案件:望ましい情報開示・報告方法に従い自主的開示 ✓ 2022年度以降の認定案件:①認定時のLCGHGを確認できる基準の認証等の取得、②認定時の事業者による自主的算定、③調達時の証票の確認・保存の要求を基本とする。 【その他】 ●裾切基準:1MW以上の案件をライフサイクルGHG基準の確認対象とする裾切基準を設ける。 ●算定式:新たに熱電併給方式の場合のライフサイクルGHGの計算方法を整理。 |
【既定値】 ●既定値(案)のパブリックコメントを実施する。 【既存認証スキームとの調整】 ●既存認証スキーム(RSB・GGL・ISCC・SBP)に対し、LCGHGを確認できる基準を早期に整備するよう依頼。 ●新規燃料としての追加が確認され次第、新規燃料のLCGHGも確認できるよう各既存認証スキームと調整。 【FIT/FIP専用の新確認スキームの検討】 ●メタン発酵ガス、一般廃棄物、産業廃棄物、建設資材廃棄物、国産の農産物の収穫に伴って生じるバイオマスのLCGHG確認方法の検討。 【2021年度以前の既認定案件】 ●自主的開示の状況について、業界団体等からヒアリングする。 |
出所:令和5年度以降の調達価格等に関する意見に一部加筆
図2:バイオマス発電のライフサイクル温室効果ガス規定値
出典:経済産業省 バイオマス持続可能性ワーキンググループ第21回会合資料3等より
NPO法人バイオマス産業社会ネットワーク作成
業界団体から新規燃料として要望のあったバイオマス種のうち、非可食かつ副産物であることが確認できている、EFB(パーム椰子果実房)、ココナッツ殻、カシューナッツ殻、くるみ殻、アーモンド殻、ビスタチオ殻、ひまわり種殻、コーンストローペレット、ベンコワン(葛芋)種子、サトウキビ茎葉、ピーナッツ殻、カシューナッツ殻油については、一般木質バイオマスの区分として取り扱うこととなった。これらは2023年度からFIT・FIP制度におけるバイオマス発電の新規燃料として認めることとした。稲わら・麦わら・籾殻については、継続議論を行うこととなった。
新規燃料の利用においては、検疫に関する事項にも注意する必要がある。表2は、農水省が作成した新規燃料の検疫条件について示したものである。バイオマス種によっては、輸入禁止となっているものもある。PKS利用の初期には、カビの発生や悪臭、雨が降った後の汚水が問題となったケースがあった。これまで大量に輸入されてこなかった有機可燃物であり、安全な取り扱いのための注意が欠かせないと考えられる。
表2:FITバイオマス新規燃料の検疫について
バイオマス種 | 原産国 | 輸入可能か、検疫の条件等(2022年12月現在) |
---|---|---|
EFB(パーム椰子果実房) | マレーシア、インドネシア | ・輸入検査が必要(検査証明書不要) |
ココナッツ殻 | インド、フィリピン、インドネシア | ・輸入検査が必要(検査証明書不要) |
カシューナッツ殻 | ・輸入検査が必要(検査証明書不要) | |
くるみ殻 | 米国 | ・輸入検査が必要(検査証明書不要) ・核子(殻が可食部を包んでいる状態のもの)は輸入禁止 |
アーモンド殻 | 米国 | ・輸入検査が必要(検査証明書不要) |
ビスタチオ殻 | 米国 | ・輸入検査が必要(検査証明書不要) |
ひまわり種殻 | ロシア | ・輸入検査が必要(検査証明書不要) |
コーンストローペレット | 中国 | ・輸入検査が必要(検査証明書不要) ・加工の程度によって検査の要否が変わるため、植物防疫所に事前確認が必要 |
ベンコワン(葛芋)種子 | インドネシア | ・検査証明書および輸入検査が必要 ・加工(圧縮、粉砕等)によって検査証明書添付の要否が変わるため、植物防疫所に事前確認が必要 |
稲わら・麦わら | ・国・地域によって輸入が禁止されており、まずは原産国を明確にする必要 | |
籾殻 | ミャンマー | ・輸入禁止 |
サトウキビ茎葉 | ブラジル | ・乾燥している場合、輸入検査が必要(検査証明書不要) ・乾燥していない場合、検査証明書及び輸入検査が必要。 |
ピーナッツ殻 | 米国 | ・乾燥した殻の場合は、輸入検査が必要(検査証明書不要) ・乾燥していない殻の場合は、輸入禁止品。 ・加工の程度によって輸入禁止品であるかどうか、検査の要否が変わるため、植物防疫所に事前確認が必要 |
カシューナッツ殻油 | ベトナム | ・植物から抽出された油は植物検疫対象外(検査証明書及び輸入検査ともに不要) |
※1 検査証明書の要否など取扱いは随時見直されていることから、輸入前に植物防疫所に確認することが必要。
※2 土は輸入禁止品であることから、土の付着や混入がない燃料を輸入することが必要。
※3 本表はバイオマス燃料用に使用される植物に限る。
出典:農林水産省
2050年カーボンゼロに向かう中で、石炭火力への逆風が強くなっている。対応策の一つが、バイオマス混焼あるいは専燃化だが、いずれもバイオマスの使い方として以下のような問題がある。
2021年4月に開催された国連気候サミットで、グテレス国連事務総長が「最も裕福な国(先進国)では 2030 年までに石炭火力を廃止する必要がある」と述べているように、国際的には石炭火力をいかに削減していくのかという段階に入っている。石炭火力発電の割合が高いドイツでは、脱石炭法により、補償を伴った閉鎖によって石炭火力を減らしつつある【*】。石炭火力自体を早急に削減・廃止していく必要があるが、バイオマス混焼が石炭火力の延命につながるのではないかと批判されている。
英国のドラックス社は、石炭火力発電を改修しバイオマス専燃発電に転換した。その結果、調達先となった北米では、森林を伐採したペレットが大量生産され、大規模なペレット工場の周辺では、広葉樹林が純減している。英国は、こうした問題から石炭火力のバイオマス専燃化を促す政策を変更した。
新燃料として認められた作物残さも、現状では他の再エネでは供給が困難な中高温の産業用熱利用として使う方が社会的有用性が高いと考えられる(トピックス2 参照)。さらに、運搬するコストとエネルギーを考慮すれば、生産地近くで使う方が合理的である。
以上のように石炭火力への混焼あるいは専燃化は、限られた量のバイオマスの使い道としては適切でないと言えよう。
2012年に再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT)が開始して以来、バイオマス発電の認定量・稼働量は急増した。2022年4月よりフィード・イン・プレミアム(FIP)制度も始まり、2022年6月時点でFIT/FIP制度により、計560カ所、361万kWのバイオマス発電所が稼働し、同じく895カ所835万kWが認定されている。稼働容量の2/3、認定容量の8割強が主に輸入バイオマスを燃料とする一般木材バイオマスの区分となっている(図3、表3)【*4】。
図3:再生可能エネルギー固定価格買取制度におけるバイオマス発電の稼働・認定状況
出典:資源エネルギー庁資料【*5】よりNPO法人バイオマス産業社会ネットワーク作成
表3:FIT/FIPにおけるバイオマス発電稼働・認定状況
(新規 2022年6月末時点)
メタン 発酵 |
未利用木質 | 一般木材 | リサイクル 木材 |
廃棄物 | 合計 | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|
2000kW 未満 |
2000kW 以上 |
||||||
稼働 件数 |
237 | 64 | 46 | 76 | 5 | 132 | 560 |
認定 件数 |
304 | 185 | 59 | 181 | 9 | 157 | 895 |
稼働 容量 kW |
85,774 | 42,667 | 428,660 | 2,499,546 | 85,690 | 464,397 | 3,606,734 |
認定 容量 kW |
135,751 | 148,045 | 528,490 | 6,834,749 | 112,035 | 594,038 | 8,353,108 |
出所:資源エネルギー庁Website
一般木材バイオマス発電の稼働が相次ぐなか、アブラヤシ核殻(PKS)や木質ペレットの輸入がさらに増加した。PKSは2021年の435.4万トンから2022年の510.3万トンへ、木質ペレットは311.7万トンから440.8万トンへと増加した。伸びがやや鈍ってきたPKSに対し、ペレットは前年比41%の大幅な増加となっている。PKSの平均CIF価格は20.1円/kg、ペレットの平均CIF価格は30.5円/kgと2021年の14.8円/kg、19.7円/kgから大幅に上がっている。
図4:PKSおよび木質ペレット輸入量の推移
出典:On-site Report No.548ほかよりNPO法人バイオマス産業社会ネットワーク作成
2022-2023年にかけて稼働した主な木質バイオマス等の発電事業は、下記のとおりである。経済産業省の事業計画認定情報Webサイトでの情報開示が進み、運転開始報告年月も閲覧できるようになった。近年稼働した案件では、2000kW以下の小規模と輸入バイオマスを主な燃料とする大規模発電にほぼ二分され、小規模では、当初から熱利用が計画される事例が増えている。
表:2022-2023年に稼働した主な木質バイオマス発電
所在地 | 発電事業者名 | 規模 | 稼働時期 | FIT 認定 |
備考 |
---|---|---|---|---|---|
北海道 網走市 |
合同会社網走バイオマス第2発電所 | 9,900 | 2022年 10月 |
未利用 | WIND-SMILE、石油資源開発他 道産木質チップ 20.9着工 |
北海道 苫小牧市 |
勇払エネルギーセンター合同会社 | 74,950 | 2023年 2月稼働 |
一般 | 日本製紙勇払事業所、双日。国内外の木質チップ、PKS、未利用材 |
岩手県 花巻市 |
紫波グリーンエネルギー株式会社 | 45 | 2022年 2月 |
未利用 | |
宮城県 大崎市 |
株式会社ウェスタ・CHP | 49 | 2022年 2月 |
未利用 | |
山形県 上山市 |
山形バイオマスエネルギー株式会社 | 1,960 | 2022年 7月 |
未利用 | 間伐材、剪定枝。ニュートラスト |
福島県 平田村 |
平田バイオエナジー合同会社 | 1,990 | 2022年 6月 |
未利用 | 四国電力、岩堀建設工業 |
福島県 いわき市 |
エイブルエナジー合同会社 | 112,000 | 2022年 4月 |
一般 | エンビバ社木質ペレット約44万トン エイブル、関西電力、九電工 |
茨城県 大子町 |
大子リニューアブルエナジー株式会社 | 1,166 | 2022年 4月 |
未利用 | エジソンパワー だいご森林の発電所 |
茨城県 神栖市 |
大林神栖バイオマス発電株式会社 | 51,500 | 2022年 2月 |
一般 | 木質ペレット、PKS |
新潟県 村上市 |
株式会社ミナミインターナショナル | 50 | 2022年 7月 |
未利用 | |
静岡県 裾野市 |
株式会社裾野グリーンエナジー | 165 | 2022年 5月 |
未利用 | |
静岡県 富士市 |
鈴川エネルギーセンター株式会社 | 112,000 | 2022年 7月 |
一般 | 木質ペレット 2016年石炭火力として運転開始 |
富山県 高岡市 |
伏木万葉埠頭バイオマス発電合同会社 | 51,500 | 2022年 7月 |
一般 | 木質ペレット等。東京ガスが取得 |
岐阜県 瑞浪市 |
株式会社都市整備 | 300 | 2022年 5月 |
未利用 | |
愛知県 名古屋市 |
名古屋港木材倉庫株式会社 | 1,990 | 2022年 1月 |
廃棄物 | 廃木材、剪定枝が主燃料 |
愛知県 武豊町 |
株式会社JERA | 1,070,000 | 2022年 8月 |
一般 | 石炭混焼 17%木質アドバンスドペレット50万t 武豊火力5号機 |
兵庫県 加古川市 |
ベナート株式会社 | 1,920 | 2022年 11月稼働 |
廃棄物 | 廃食油 |
和歌山県 新宮市 |
株式会社エフオン新宮 | 18,000 | 2022年 3月 |
未利用 | 18万t |
和歌山県 有田川町 |
有田川バイオマス株式会社 | 900 | 2022年 10月稼働 |
一般 | |
鳥取県 境港市 |
合同会社境港エネルギーパワー | 24,300 | 2022年 10月 |
一般 | 東京エネシス。PKS、バーク、木質ペレット |
鳥取県 米子市 |
米子バイオマス発電合同会社 | 54,500 | 2022年 4月 |
一般 | マレーシア、インドネシアからPKS23万t、木質ペレット |
島根県 津和野町 |
津和野フォレストエナジー合同会社 | 480 | 2022年 9月 |
未利用 | |
山口県 下関市 |
下関バイオマスエナジー合同会社 | 74,980 | 2022年 2月 |
一般 | 木質ペレット約30万t 九電みらいエナジー他 |
山口県 周南市 |
周南パワー株式会社 | 300,000 | 2022年 6月 |
一般 | 混焼 丸紅参画 トクヤマ |
愛媛県 内子町 |
株式会社内子龍王バイオマスエネルギー | 363 | 2022年 10月 |
未利用 | 廃熱は温泉、プールに |
高知県 本山町 |
エフビットコミュニケーションズ株式会社 | 1,990 | 2022年 4月 |
未利用 | 間伐材。電気、熱、CO₂のトリジェネレーション 2021年4月着工 |
福岡県 苅田町 |
バイオパワー苅田合同会社 | 74,950 | 2022年 2月 |
一般 | 木質ペレット等 関西電力 |
熊本県 八代市 |
株式会社日奈久バイオマス | 1,750 | 2022年 8月 |
未利用 | イワハラ 廃熱で果物ハウス栽培、フグ養殖 |
熊本県 菊池市 |
九州再生エナジー株式会社 | 6,250 | 2022年 3月 |
未利用 | 未利用材、製材端材、建設廃材 22.4竣工 |
出所:経済産業省事業計画認定情報Webサイト他より NPO法人バイオマス産業社会ネットワーク作成
日本の木質ペレット輸入量は2012年のFIT開始後、2022年までに61倍の441万トン超にまで増加した。カナダは2019年にベトナムに抜かれるまで日本の木質ペレット輸入先第1位で、それ以降も輸入量第2位を保っている。カナダのイメージは、広大な森林や氷河、野生動物など豊かな環境に恵まれ、「自然と調和した生活をしている国」が一般的ではないだろうか。
実際カナダは世界第3位の森林面積を持ち、特に日本向けにペレットを輸出している西海岸のブリティッシュコロンビア(BC)州では、日本の3倍もある広大な土地に沿岸部の温帯雨林、高地の砂漠、北方林、世界的にも貴重な内陸温帯雨林など極めて多様な自然環境が発達している。林産業が主要産業で輸出額の3割を占めるBC州では、1980年代から原生林(Primary Forest:樹齢に関わらず工業的伐採を受けたことのない森林)や老齢林(Old Growth:内陸部では140年生以上の樹木が含まれる原生林)の皆伐が問題となってきた。日本ではほぼ報道されていないが、近年でも原生林伐採に反対する大規模なデモが繰り広げられ、多くの逮捕者が出るなど、環境保護と林産業の間に深い軋轢がある地域でもある。
日本で活動する日米NGOメンバー5名がブリティッシュコロンビア州のペレット生産現場を訪問したのは、2022年9月半ばである。前半はバンクーバーで環境NGOから解説を受けたのち、カナディアンロッキーから西の原生林の様子や製材向け伐採現場、原生林の伐採に反対している地域コミュニティや元林業労働者、先住民族のリーダーと交流し、ペレット工場を視察した。後半はプリンスジョージを拠点に3日間かけて原生林や老齢林、ペレット企業による伐採予定地や伐採跡地などを訪問した。近年ペレット工場が次々建設されているのは主に内陸温帯雨林エリアで、州全体では13カ所あり、合計の生産能力は200万トン、原料となる木材は520万立米に上る。生産量は15年で4倍に増えている。
Drax社のウィリアムズレイク(年産21.5万トン)とメドウバンク(同23万トン)のペレット工場を訪問したが、事前に申請した内部の視察は認められず、外側からの視察となった。ウィリアムズレイクは街中にあり、工場の規模も敷地も小さく原料はチップのみを利用していた。対象的に、付近に森と牧草地しか存在しないメドウバンクのペレット工場では、広大な敷地内に大量の丸太が積み上げられていた。丸太は小径のものが多く、いわゆる未利用材と思われた。Drax社のペレット原料の約8割は製材端材だが、残る2割程度は「低質材・未利用材」であるとして、森林から直接ペレット原料を得ている。米国南東部で聞いたような、ペレット工場周辺のコミュニティからの粉塵や大気汚染被害といった公害は、BCでは問題となってはいないとのことだった。
製材か丸太、あるいはチップを積んだ多くの大型トラックとすれ違いながら、プリンスジョージを起点に原生林の残る地域へ向かい、伐採反対の運動により森林が保護されたAncient Forest Trailに着いた。そこでは樹齢1000年~2000年以上と推定される巨木を見るために森の中に木道が整備され、たくさんの倒木と苔生した林床、様々な大きさの若木が守られていた。
市民の手で守られた老齢林からさほど離れていないところに、ドラックス社に吸収されたパシフィック・バイオエナジー社の伐採予定区画があった。1000年とはいかないまでも、樹齢150~200年ほどの木々があり、倒木や分厚い苔に覆われた林床、何者かにかじられたキノコなど自然のままの森の様子は、保護区とさして変わりはない。
「枯れ木はそれが立ったままでも倒木でも、生きている樹木と同じように複雑な生態系の一部であり、昆虫、鳥、哺乳類など、多くの生き物にとって重要な役割を担っている。」現地を案内してくれたボランティア団体Conservation NorthのMichelleが話してくれた。苔に覆われた林床は、歩くとふかふかと柔らかい弾力がある。いつ倒れたのかわからない古い倒木の上にも苔が生え、その上に小さな木が育っている。倒木は長い時間の間に様々な生き物を育てながらゆっくりと土に還っていく。数百年かけて樹木が蓄えた炭素は大気に戻る部分もあれば、次世代の生き物たちの体に取り込まれ新たに生態系を支えていく部分もあるのだ。その循環にどれくらいの時間がかかるだろう。
いつ伐採されるとも知れない森の中に作られた伐採道の水たまりに、子熊の足跡が残っていた。数日前にミシェル達が下見に来た際に見かけたブラックベアの親子のものだろうという。伐採が進めば、クマたちの生きる場所はさらに小さく、分断されていくことになる。
翌日ミシェル達の案内でドラックス社の伐採跡地を訪問した。プリンスジョージから3時間ほど北に走り、道沿いにはまばらな林とマツの植林地、湿地帯と湖などが交互に見える。町や村からだいぶ離れ、伐採道を進んだ先に皆伐地が現れた。緩やかな裸の斜面は細長い木々がたくさん倒れている。無造作に集められた巨大なキャンプファイヤーのように見えるものもあれば、地面にそのまま放置されているものもある。「ペレットの原料は林地残材だとペレット産業は言うけれど、ここに残されているのは林地残材そのものです」とミシェル。今後集材に来る予定があるならば、残材はもっと整理されているはずで、林地に放置されている現状からは、集材予定があるとは考えられない、という。
ペレット企業によって伐採されたカナダの老齢林
写真提供:地球・人間環境フォーラム
伐採地の間に小さな谷があり、沢の両側が数十メートル、伐採されずに以前の森の姿を残していた。沢まで下りるにはいくつもの倒木を跨ぎ、苔に覆われた柔らかな林床は昨日歩いた森と何も変わりはない。細いが樹高が高く、やはり100年以上この場所に立っているであろう木々の間に獣道があり、苔の上にヘラジカの大きな足跡が残っていた。
この1,2年の間に伐採されたという皆伐地の斜面を登っていくと、少し前まで沢沿いの森とあまり変わらなかったであろう地面は、短い間に石がむき出し、ヤナギランなど森の中には生えないパイオニア植物が増えてきている様子がうかがえた。苔や地衣類や森の湿った林床を好む植物たちは、水分がたまりやすいわずかな窪みに辛うじて生き残っていたが、寒さや乾燥にさらされていつまでも生き延びられるとは思えなかった。
斜面の上で振り返ると、250ヘクタールほどあるという広大な皆伐地がモザイク状に広がっているのが見える。ところどころにコットンウッドという広葉樹が伐り残されて旗竿の様に立っていた。広い伐採地に不釣り合いに小さな、15センチほどのマツやトウヒの苗がまばらに植えられていた。既に黄色や茶色に変色して枯れているものもある。BC州では森林伐採後の植林が義務付けられており、苗のモニタリングと補植も行われると聞いた。しかしこの小さな苗が、伐採される前の森、苔生して自然に再生を繰り返す森林に回復するには数百年はかかるだろう。激化する気候変動の影響で、カナダでも森林火災や洪水が頻発している。そういった災害を越えて生き残り、本当に森が再生するのか疑問をもつ光景だった。
BC州の内陸温帯雨林は通常は雨量の少ない内陸部に発達した、世界的にも貴重な生態系であり、森林トナカイなど森に依存した大型野生動物の生息地としても重要な役割を担っているだけでなく、樹木と地下に膨大な炭素をストックしている。図にあるように、天然林と人工林の炭素ストック量は3倍以上違う。しかしBC州では生物多様性や土壌保全よりも木材生産が優先されており、2020年に政府の専門家がまとめた「老齢林戦略レポート」で提言された、老齢林の保全と健全な生態系の管理をめざすパラダイムシフトは3年経った現在も実施されていないという。またBC州の木材生産量は1980年代の年9000万立米から4割減となり、今後も減少が見込まれるなど、森林資源が枯渇しつつあると指摘されている。
図:米大陸温帯山系地上部のバイオマス量
出典:IPCCガイドラインよりバイオマス産業社会ネットワーク作成
BC州の木質ペレット原料の8割は製材残材であるとしても、原生林や老齢林が製材原料となっており、残り2割は「製材としての価値が無い」ことで未利用材・低質材とされる森林からの一次原料である。このようなペレットを「再生可能エネルギー」として木質バイオマス発電所で燃やし続けることは合理的だろうか。現地NGOは言う「木を植えることはできても、森を植えることはできない」。再生可能エネルギーの定義を見直す必要がある。
<地球・人間環境フォーラム 飯沼 佐代子>
現在、米国南西部において、年産50万トンを超える大規模なペレット工場が次々に建設されている(図)。米国の世界最大の木質ペレット製造企業エンビバ社は2025年の長期契約の約半分350万トン以上を日本企業と締結し、さらに電源開発と石炭混焼向けに最大500万トンの供給の覚書を交わしている。
図:米国南西部の木質ペレット工場(図をクリックで拡大)
作成:Southern Environmental Law Center, SELC
原図
筆者らは、2022年5月に米国南西部を視察したが、いたるところで小規模の皆伐が行われていた。これらには製材向けやパルプ向けのための伐採も含まれるが、今後、エンビバ社が850万トン以上の木質ペレットを日本に輸出するのであれば、そのほとんどの原料を、ペレット工場の半径50~100km圏内の森林から調達することになる。エンビバ社のペレット工場周辺では自然林(広葉樹林)が純減している【*1】。天然林伐採後、マツなどが植林されることが多いが、炭素蓄積量や生物多様性に劣る人工林が拡大している【*2】。炭素蓄積は減少していないという別の研究もあるが、現在は森林の炭素蓄積の増加が必要とされており、生産・加工・輸送でも温室効果ガスを排出し、燃焼によってCO₂が一瞬で大気中に放出される木質ペレット利用が温暖化対策として適切かどうか、再度検討する必要があろう。
米国大西洋岸平野は生物多様性ホットスポットで、ボブキャットなどの大型哺乳類、鳥類、爬虫類、昆虫、魚類、植物など多様な生態系があるが、絶滅の危機に瀕している種もある。木質ペレット生産のための大量の木材調達が、この地域の生物多様性にもたらす影響が懸念されている【*3】。年間850万トンのペレット生産には東京23区より広い8万haの森林にある木材が必要であり、FITによる買取期間の20年間、調達が続くことが予想される。
ペレット工場は24時間操業で動いており、ペレット工場には、数分ごとに木材を満載したトラックが出入りしていた(目次写真)。ペレット工場の敷地内にはおがくずが山のように積まれているが、防塵カバーがかけられていない。ペレット工場は黒人などマイノリティのコミュニティ、つまり所得が低く、大学進学率が低く、トラブルがあっても訴訟などについての知識が乏しい人々のそばに主に建設されており、「気候正義」の観点からも持続可能性の問題を有していると考えられる。近隣への騒音や粉じんの被害が生じており、近隣住民は、不眠、悪臭、のどの痛み、喘息の悪化などを口々に訴えた。エンビバ社やドラックス社は大気汚染違反で何度か罰金を科せられているが、健康影響を定量化する研究およびそれに基づく規制が早急に必要だと考えられる【*4】。これは米国の問題であると同時に、輸入し利用する日本もまた認識し対処すべき問題であろう。
<NPO法人バイオマス産業社会ネットワーク理事長 泊 みゆき>