再生可能エネルギーのなかでバイオマスは、化石燃料の代替として利用できる貴重な資源であるが、持続可能な範囲で利用できる量には限りがある。そのため、今後は電力や100℃以下の熱のように、他の再生可能エネルギーでも供給可能な分野ではなく、数百℃の産業用熱の分野といった、バイオマスでなければ供給が難しい用途に注力していくことが合理的だと考えられる。
日本の脱炭素政策において産業用熱分野は、水素や合成燃料の利用が想定されているが、現状では非常に高価であり、入手も簡単ではない。一方、バイオマスによる産業熱はすでに実用化された技術であり、導入例も多数ある【*28】。今後は、特に発電のみから熱電併給・産業用熱利用の分野への移行が、費用対効果に優れた脱炭素政策になりうる。
その一方でバイオマスの産業用熱利用は、化石燃料利用に比較して、①ユーザーの認知度が低い ②燃料代は比較的安価だが、バイオマスボイラーの導入が化石燃料ボイラーより割高である ③バイオマス燃料供給者を確保する必要がある といった違いがある。経済産業省などによる助成制度もあるが、いまだ普及半ばというのが実情である。今後は産業用ボイラー導入支援を行うエネルギーサービス会社の育成が、これらの課題への解決策のひとつになると考えられる。
箱崎ユーティリティは、福岡市東区箱崎埠頭にある箱崎食品工業団地内企業に対し、 蒸気、電気等の安定的供給を行う企業である【*29】。1985年、工業団地に蒸気を供給するため、建築廃材を燃料とする木屑焚ボイラーを導入した。1980年代には灯油焚ボイラーで蒸気を供給していたが、原油価格が高騰し、灯油代が経営を圧迫していた。工業団地の蒸気の大口需要家より木屑焚ボイラー設置の要望があり、公害規制、燃料の長期的展望、燃料の供給体制について検討を行った。チップ供給については、供給先と考えられていたチップ工場の能力が同社の必要量の2倍あり、チップ専業商社と大手商社が共同で木くずを納入すること、計画通りの納入ができなかった場合の補償や、灯油価格が下落した場合の木屑価格の値下げを確約したことから、導入を決定した。導入直後より、燃料費削減による経営改善効果が見られた。
バイオマス・ニッポン総合戦略の策定によるバイオマス利用の機運やイラク戦争による石油価格高騰により、2006年にバイオマスボイラーを更新した。規模は以前の15t/hから25t/hに増強した。蒸気温度230℃。工期が短いことから、施工はよしみねを選択。工事資金として8.6億円を借入れ、うち3億円については、新エネルギー財団「地域エネルギー開発利用事業促進融資」で金利の1/2に利子補給を受けた。
写真:箱崎ユーティリティのバイオマスボイラー
2021年からは、未利用蒸気を使ってスクリュ式小型蒸気発電機で発電も行い、所内で利用している。「木屑ボイラ―の未利用蒸気による発電事業」でJ-クレジット認証も得ている。環境保全型工業団地としてアピール、GHG係数を顧客に知らせている。
運用上の課題としては、チェーン、コンベア当駆動部品の摩耗、破損について整備・点検を定期的に行い、故障前に対策を行っている。建廃チップの異物により設備が止まることが多くあった。燃料供給会社と協議し、チップの品質向上に努め、現在では設備を止めるような異物混入は生じていないとのことである。
カルビーは温暖化対策および帯広市の未利用木質資源(流木)利用、コスト削減を目的として、2011年に帯広工場によしみね製造の水管バイオマスボイラー6t/h1基を導入した【*30】。「じゃがりこ」製造での皮むき、蒸す、乾燥、フライ工程で熱を利用している。導入コストは約5億円。1日に37tの建設廃材チップを利用している。異物や冬季の凍結などのトラブルがあったが、創意工夫で克服。重油と比較すると木質チップは1/3以下の価格であり、5年程度で初期投資を償却することができた。
写真:カルビーポテト帯広工場のボイラー塔
井村屋は、津市にある本社工場に、2015年、エンバイロテックの貫流バイオマスボイラー1.0ht/h3台を導入した(INDEX 写真参照)【*31】。肉まん、あんまんを蒸す過程や小豆を焚く工程などに蒸気を供給している。経済産業省の1/3助成を活用。燃料の建設廃材チップは12社から購入している。導入当初はチップのつまりが生じたが、磁選機の導入などで改善した。年間1.2億円の燃料費を削減している。バイオマスボイラーは化石燃料ボイラーと比べて、設置場所を要することに注意する必要があるとのことである。
エア・ウォーターは帯広市で周辺の酪農家より未利用バイオガスを回収し、プラントでバイオガスの主成分であるメタンを分離・精製、マイナス約160℃で液化し、LNG代替燃料として脱炭素を推進する顧客に供給している(INDEX 写真参照)。液化により容積を1/600に圧縮できる。工場燃料の他、トラックや船舶にも利用可能であり、水素より安価な、既存の工場のLNGボイラーで利用できる脱炭素燃料である。四つ葉乳業の他、雪印メグミルクでも利用を開始している【*32】。
その他、長野市でエンジン部品の鋳造をてがけるコヤマは、廃菌床などをブリケット(固形燃料)化したものを、コークス代替として利用している【*33】。
マツダやトヨタ系部品企業もバイオマスをコークス代替として利用する取り組みを進めている
長年、NPO法人農都会議の代表理事を務め、地域でのバイオマス利用促進に熱心に取り組んでいた杉浦英世さんが、2024年9月に急逝されました。杉浦さんは、近年、バイオマス熱ユーザーの業界団体づくりに奔走しており、その道半ばのことでした。団体づくりは有志によって引き継がれ、2025年後半に設立予定で準備が進められています。改めて、杉浦さんのご冥福をお祈りいたします。
2050年脱炭素に向かうなかでのバイオマス利用等について、以下を提案する。
⑴ 木質ペレット工場の情報公開
FIT一般木質バイオマス発電の区分で稼働している大規模バイオマス発電所では、600万トンを超える大量の輸入ペレットが使われている。そのなかには、原生林や生物多様性に富んだ天然林を伐採した木材を原料とするものが含まれている(コラム②)【*1】。また、木質ペレット工場からの大気汚染や騒音により、近隣住民に被害を及ぼしているケースもある【*2】。
これらの問題を回避するためには、FITで使われる木質ペレットがいつ、どこの工場で生産されたかの情報を公開することが有効であろう。公開することにより、当該ペレット工場や周辺での森林の状況について広く情報を得ることが可能になり、より少ないコストでの確認が容易になると考えられる。2024年4月以前は、PKSについてパーム油搾油工場の情報が公開されており、その点でも現実的な対策だと考えられる。
⑵ FITバイオマス発電において天然林由来の木材を原則対象外とする
バイオマスはカーボンニュートラルとされてきたが、実際にはそうではない【*3】。特に天然林を皆伐しその木材をバイオマス発電の燃料とする場合、土壌中から膨大なGHGが排出されるが、現在の制度ではカウントされていない。その後、植林されても元の炭素蓄積は長期間回復しない。
よって、FITにおいては、短期間(少なくとも20年以内)の炭素蓄積の回復が示されない限り、天然林由来の木材を原料とする燃料は、原則対象外とするのが妥当ではないか。天然林を伐採してバイオマスエネルギーとして利用するよりも、森林生態系を維持し、森林蓄積が維持・拡大することによる気候変動対策効果が高いことが、下のIPCCの図でも示されている【*4】。
⑶ FITバイオマス発電のGHG算定値等の公開
現行の制度では、2022年以前のFIT認定案件では、GHG算定値の公開は自主的取り組みとなっているが、FIT制度は電力消費者による賦課金で支えられているものであり、公開を義務付けるべきである。
⑴ 主産物の利用について
主産物のエネルギー利用は、非常に慎重に検討される必要がある。主産物は、食料など他の用途との競合があり、土地や水の競合の問題にも直結する。気候変動対策や持続可能な社会構築に向けて、自然の生態系保全を含むカスケード利用が徹底される必要がある。エネルギー利用は、他の利用ができなくなった最後の利用形態である。また、燃料となるバイオマスをすべて燃焼させるのではなく、炭として土壌に還元することも、マイナスカーボンの観点から重要である。
⑵ バイオマス利用の気候変動対策効果
日本でも2026年度より排出権取引制度が本格的に開始されるが、こうした制度においてバイオマス=カーボンニュートラルとして扱うことは不適当だと考えられる。例えば、現状の大規模バイオマス発電は、化石燃料による発電の半分程度のGHG排出があるものもある(図2参照)。森林劣化など現状の制度には含まれていない排出を考慮すれば、それ以上の排出となりうる。デフォルト値の設定などにより、利用者の負担を軽減しながら、より適切な運用がなされるべきである。
⑶ 気候変動対策において、外部経済・外部不経済を含む費用対効果を重視すること
図は、IPCC第六次報告書において、気候変動対策のオプションそれぞれの潜在的寄与度(ポテンシャル)とコストを示したものである。太陽光、風力エネルギーの方がポテンシャルが高く、バイオエネルギーやCCS付きバイオマスエネルギーはコストが20-200ドル/tCO₂-eq/年と高価である。森林や他の生態系の転換削減は、20ドル/tCO₂-eq/年以下でも可能で、ポテンシャルも大きい。
また、CCS(CO₂回収・貯留)付きバイオエネルギー(BECCS)は、日本ではCCSの適地がないと指摘されている【*5】。コストも高く、限られた資金は、より費用が低い対策に向けられるべきである。
図:気候変動対策の緩和オプションと
2030年におけるコストとポテンシャルの推定範囲(部分)
出所:IPCC 第6次評価報告書 第3作業部会報告書 気候変動2022:
気候変動の緩和 政策決定者向け要約(SPM)(PDF)
<NPO法人バイオマス産業社会ネットワーク理事長 泊 みゆき>