近年、バイオ燃料、食料、炭素クレジット獲得などを目的とした、農地をはじめとする土地への大規模な投資、非常に安い価格での貸与、あるいは買取り、所有の移転が、世界的に広く行われている。2011年7月の国連食糧安全保障委員会報告書によると、対象となっている土地は、5,000〜8,000万haと推定されている【*16】。
安価もしくは無償で数万ヘクタール単位の農地が所有移転、賃貸されており、その中には地域住民に十分な情報提供や合意なしで進められ、土地に対する権利が尊重されず立ち退きを求められるケースも多数発生している。この農地収奪の要因の一つは、食料危機である。一部の国では、海外の土地に投資することで食料を確保しようとしている。人口増加による食料需要の増加、食料消費のパターン変化による増加に加え、バイオ燃料生産も大きな要因である。
強制的な立ち退きを受け、人々が家を失い、利用できる土地、農地が減る。小規模農民のための農業政策から大規模な商業的、工業的生産に重点が置かれ、それによって農村部では飢餓の状況が生まれる。この農地収奪は、適切な食料への権利、適切な住居への権利、労働の権利、適切な生活水準の権利、先住民の権利、自決権そして生存手段を奪われない権利といった人権侵害をもたらしている【*17】。
農地収奪への国際社会の取り組みとして、「農地、森林、漁業の権利の責任あるガバナンスに関するボランタリー・ガイドライン(VG)」や「責任ある農業投資の原則」がある。VGは、国連食糧農業機関(FAO)によって立案され、世界食糧安全保障委員会(CFS)において多国間、すべての利害関係者が参加するプロセスで起草され、交渉された。
日本企業が関わっているケースでは、フィリピン北部のイサベラ州でサトウキビからのエタノール事業について農地収奪の問題が生じている。11,000haの未利用地にサトウキビを植え、エタノールを54,000kl生産し、3000人の雇用を生み出すという事業である。だが、エタノール事業の関連会社がサトウキビ栽培のための土地を集める過程で、先住民や地域の小農民が耕作していた農地を、土地の有力者が土地権利書を偽造して企業に勝手に貸与・売買するケースが続出した。
土地を奪われた人々は生活に困窮し、反対運動を起こしたが、企業側の動きは鈍く、事態は深刻化している。今までもこの地域には土地権利をめぐる問題が起きていたが、エタノール事業が入ることによって土地の紛争がさらに複雑化、加速化したのである【*18】。
フィリピン イサベラ州サン・マリアノ町
エタノール向けサトウキビ栽培地(奥)と残された水田(手前)
(写真提供:FoE Japan 波多江 秀枝 )
経済産業省は、日本国内での大量のエタノール生産は難しいとして、開発輸入で50パーセント以上が一つの方向性であるという方針を打ち出している。その一方で、2010年11月に施行されたバイオ燃料の持続可能性基準には、2010年3月に公表された「バイオ燃料導入に係る持続可能性基準等に関する検討会」報告書の中で記述されていた「生産者の労働環境や土地保有権利等の社会に与える影響への配慮」については、含まれなかった。この点について、例えば2011年5月に発表された、世界バイオエネルギー・パートナーシップ(GBEP)のバイオエネルギーの持続可能性指標では、社会分野の指標の筆頭に「新たなバイオエネルギー生産のための土地分配と土地所有権」ついて挙げており、農地収奪への注意を喚起している(国際的動向参照)。日本のバイオ燃料導入目標は、欧米に比べれば低い値だが、海外、例えばアジア地域でエタノールを生産するとどういった問題が生じるのかについて、さらに検討を進める必要があると考えられる。
また、日本政府は「責任ある農業投資の原則」の成立に尽力したが、さらに農地収奪の問題の解決に必要な、組織的な監視システム構築にもより積極的に関与することが望まれる。また、開発のための農業知識・科学技術の国際評価(IAASTD)報告書で指摘されたような、近代の知識と伝統的な知恵を結集し、持続可能な農業システムを実現するために農業生態学に基づく小規模農民による農業への投資も重要だと考えられる。
NPO法人バイオマス産業社会ネットワークは、財団法人地球・人間環境フォーラム、国際環境NGO FoE Japanと共催により、2012年1月18日、シンポジウム「海外農地投資(ランドラッシュ)の現状とバイオマスの持続可能な利用 〜日本は今後、どう対応すべきか〜」を都内で開催した。
ソフィア・モンサルベ・スアレス氏(FIANインターナショナル プログラム・コーディ ネーター)「海外農地投資の現状と持続可能な農林業の発展のため国際社会がなすべきこと」、池上甲一氏(近畿大学農学部教授)「農林業における持続可能性と現在進行する大規模土地集積の問題点」、波多江秀枝(国際環境NGO FoE Japan委託研究員)、ドミエ・ヤダオ氏(カガヤン・バレー地方農民連合 地方評議会メンバー)「日本企業が関わるフィリピンのエタノール生産事業事例の紹介」の各講演が行われた。
パネルディスカッション「海外農地投資(ランドラッシュ)の現状とバイオマスの持続可能な利用 〜日本は今後、どう対応すべきか〜」では、岩間哲士氏(外務省経済局経済安全保障課課長補佐)、渡辺信彦氏(経産省資源エネルギー庁資源・燃料部政策課課長補佐)、満田夏花(国際環境NGO FoE Japan理事)が加わった。
当日は、官庁、企業、研究者、メディア、NPOなど100名近くが参加し、活発な議論が行われた。このシンポジウムは、三井物産環境基金の助成を受けて実施された。このシンポジウムの当日配付資料および講演録は、下記に掲載される。この講演録には、IAASTD報告書の要旨訳も掲載される。