2011年3月11日、マグニチュード9.0の巨大地震が宮城県沖で発生し、その後に発生した巨大津波は、街が丸ごと流れていくという、この世のものとは思えない光景をもたらした。さらに、福島第一原子力発電所で電源が断たれ、チェルノブイリに続く甚大な原子力発電所事故となり、水素爆発、炉心溶融、そして大量の放射性物質が外部に流出した。
未曾有の被害をもたらした東日本大震災は、脱原発、自然エネルギーや分散型エネルギーの重要性を日本社会に再認識させた。原子力を中心としてきたエネルギー計画も見直しがされており、2012年夏に決定される見込みである。
ここでは是非、東北から自然エネルギー社会を実現させ、日本へ、海外へと広げるステップになることを目指すべきであろう。それはエネルギーを地域で自給し、自立的で、雇用がある持続可能な地域である。
その際には、たとえばバイオマス発電所を建てるという個別の事業を計画する前に、全体の復興や今後の社会ビジョンの構想を形成しながら、位置づけていく必要があるだろう。
その際の第一のポイントは、化石燃料やウランの枯渇性や気候変動の要因となること、放射性廃棄物の処理等の外部不経済の内部化である。次に、最小の経済的・社会的コストで、最大の効果を追求することである。そのためには、柔軟な発想や行政などの縦割りの打破、地域の知恵や創意工夫を活かすことが必要になる。これらはしごくあたりまえのことなのだが、残念ながら、このあたりまえのことが行われてこなかったのが、これまでのバイオマス事業であり、林業政策だった。
さらに、地域における総合的な自然エネルギー促進のための枠組みをつくり、改善していくことが重要である。初期においては、モデル地区において、集中的に行うことも考えられよう。
具体策のひとつとしては、補助制度を充実した上で、オーストリアやドイツのように、新築、改築における断熱や自然エネルギー利用を義務づけることが考えられる。バイオマスだけでなく、太陽熱、排熱、地中熱、地熱など他の自然エネルギーも含めて、制度設計を行う。必要に応じてエコポイントをつけるなど、導入に経済性を持たせる制度にすることが重要である。金融スキームも大切であり、利用機器のリース、小規模エスコ、導入アドバイザー制度などを充実させる。経済性を持つようになれば、業者による営業活動などで自然に広まっていくことが期待できる。
バイオマスのエネルギー利用における重要なポイントは、「熱利用が主、電力はおまけ」である。というのは、熱利用(熱効率60〜90%)は、発電(10〜40%)よりも利用効率がよく、経済性がよい。ゆえに、バイオマスを高く買取ることができ、やり方次第で林地残材の利用も可能である。さらに、家庭用薪ストーブのように小規模でも利用できる。東北地方は、日本国内でも熱需要が高いという適性もある。その一方で、バイオマス利用機器は、石油やガスの利用機器(ボイラーやストーブ)にくらべて数倍から10倍近く割高であり、燃料供給などでも促進策が必要である。
原子力発電所の再稼働が困難と予想されるなか、電力ピークをしのげるかが懸念される。だが、そもそも暖房や給湯、調理などの熱に電気を使う必要は全くない。ピークカットには、バイオマスなど自然エネルギーなどによる空調、暖房が非常に有効である。木質ペレットを使った空調機も開発されており、積極的な導入を図るべきであろう。
原子力発電所の再稼働が困難と予想されるなか、電力ピークをしのげるかが懸念される。だが、そもそも暖房や給湯、調理などの熱に電気を使う必要は全くない。ピークカットには、バイオマスなど自然エネルギーなどによる空調、暖房が非常に有効である。木質ペレットを使った空調機も開発されており、積極的な導入を図るべきであろう。
津波被害に遭い、高台などに新たな住宅地などをつくる場合は、地域熱供給を検討するべきだろう。(導入するかどうかは、熱供給体制の問題なども勘案して決められるべきである。)また、ヨーロッパの自然エネルギー推進に大きな役割を果たしている、地域自然エネルギー事務所を創設し、自然エネルギーに関する情報の集約、問い合わせ窓口を一本化するワンストップサービス、コーディネート、広報、環境教育機能などをもたせることも考えられる。もちろん、地域のエネルギー供給体そのものの創設やファンドの創設も重要である【*1】。
東日本大震災発生直後から、バイオマス産業社会ネットワーク、岩手・木質バイオマス研究会、環境エネルギー政策研究所など再生可能エネルギー利用促進の活動を行ってきた団体は「つながり・ぬくもりプロジェクト」を立ち上げ、バイオマス、太陽光、太陽熱の自然エネルギーによる被災地支援を行っている。
バイオマス支援では、津波で甚大な被害を受けた岩手県大槌町吉里吉里地区で薪ボイラーを設置し、被災材などを薪にして燃やし、2000名以上の被災者を対象に、お風呂サービスの提供を行った。はじめは関係者やボランティアによって運営されていたが、しだいに被災者自身が主体的に薪づくりやお風呂の運営を行うようになった。
被災地に導入された薪ボイラー
(写真提供:つながり・ぬくもりプロジェクト)
薪づくりをする被災者やボランティア
薪づくりをするうちに、「これは売れるのではないか」というボランティアの発案から、NPO吉里吉里国を立ち上げ、「復活の薪」として通信販売をはじめた。新聞などで取り上げられたこともあり、全国から注文が殺到した。被災地では、特に年配の被災者は求職が困難な状況で、この薪づくりは現金収入を得る、貴重な機会となったのである。
その後被災材は片付けられたため、被災材からの薪づくりは終了した。今後は、山に豊富にある木材を活用しようと、NPO法人土佐の森・救援隊などが、間伐や搬出の仕方など林業の基本を指導する「吉里吉里国・林業大学校」を、月1回程度開催している(写真)。林業が停滞するにつれて関わらなくなった山持ちの被災者も多く、福島県、宮城県からもこの研修に参加者がおり、林業研修には高いニーズがある。すでに材の搬出・販売もはじまっており、自らの足で立つための取り組みが進められている。
吉里吉里国・林業大学校
(写真提供:NPO法人 吉里吉里国)
東日本大震災で発生した膨大ながれきのうち、木質系の利用が進められている。すでに一部ではボード原料に用いられている【*2】が、マテリアル利用が困難なものについて、林野庁はエネルギー利用するための施策として、平成23年度第三次林野関係補正予算において、「木質バイオマス関連設備の整備」に95億円が割り当てられた。また、全国木材資源リサイクル協会連合会は、2011年7月に発表した「東日本大震災における災害木くずの運用の提案」で、木質ボード原料材や木質ボイラーでの利用の具体策について提案を行っている。
この被災材の利用についてだが、保管にかかる場所やコストを考えると、燃料などとしてその被災材をどれくらい長く使いうるかということは、過大に考えない方がよいのではないか。バイオマス発電所などの施設は、20年程度は稼働するものであり、恒久的施設は、長期的展望のもとに建設を考える必要がある。
確かに、2009年の「森林・林業再生プラン」以降、林業再生に向けての取り組みがはじまっている。しかし重要なのは、実際の林業が産業として機能するためには、内装材の商品開発など付加価値化を図り、流通とマーケティングを改善し、国産材をより多く売っていくことである。つまり木材の出口がなければ、路網整備などによって材が出てきても流れない。
公共建築物木材利用促進法ができ、自治体などが地域産材を使おうとしてもJAS材がほとんどない、供給が追い付かないという状況がある。また、戸建て住宅においても、地域材利用にエコポイントをつけるなど、WTO(世界貿易機関)に引っかからない工夫をしながら、「あと一歩の後押し」があれば、利用が進む側面もうかがわれる【*3】。林業、木材加工業が進展すれば、樹皮や端材などが一定割合、発生する。こちらが進まないままに、大規模なバイオマス発電所のような大量のバイオマス利用を行う施設を建設するのは、リスクが高すぎるように思われる。
一方、土佐の森・救援隊のように、副業として林業を行う自伐林家などが搬出した材を、地域の「バイオマス集積基地」に集め、薪などにして利用する方法も各地で広まりつつあり(コラム2参照)、里山も含めた薪炭材利用の促進も視野に入れるべきだろう。
日本にもヨーロッパほどではないが、熱需要は当然ある。事業系であれば、製材乾燥、入浴・温水プール、宿泊施設、福祉施設、ハウス暖房、クリーニング店などであり、家庭であれば、暖房、給湯、調理である。薪ストーブ、ペレットストーブ、五右衛門風呂の改良版も含めた給湯ボイラー、ヨーロッパでは普及しているキッチンストーブといったものが利用機器となる。また、学校で環境教育を兼ねて、暖房に薪ストーブ、ペレットストーブ、バイオマスボイラーなどを導入することも考えられる。公共建築物木材利用促進法では、公共建築物でのバイオマスの利用促進もうたっている。
学校は防災拠点でもある。今回の震災を踏まえて、薪などの備蓄や、できれば入浴設備も考慮されることが望ましい。防災イベントなどで実際に薪を燃やし、いざという時、使いこなせるようにしておくことである。徳島県上勝町では、中学校の全教室に薪ストーブを設置し、薪の調達も環境教育を兼ねて、中学生と父兄らで行っている。木質ペレットなら燃料代は町外に流出するが、薪であれば、町内の森林から調達できる。
大規模、中規模の熱需要としては、復興住宅、開発地区などが考えられる。その場合、条件が合えば、コジェネレーション(熱電併給)として発電も行うことが考えられる。こうした施設は、木質チップなどのバイオマス供給システムの構築を見ながら設置することが重要である(施設を建設したが、木質チップの価格が高いために赤字となり、稼働率が上がらないバイオマス発電の事例が多数ある)。
バイオマス発電は、熱利用よりもコスト的にハードルが高い。たとえば、20円/kWhで試算すると、1万kWh規模のバイオマス発電所では、一年間で10万t以上のバイオマスを必要とするが、3,000円/原木㎥の価格でないと採算が取れない。この価格で木質バイオマスの供給可能な範囲と言われる30〜60km内で10万tを供給するのは事実上、困難だと考えられる。林道整備など比較的先進的な取り組みを行ってきた釜石地方森林組合が、2010年から新日本製鉄釜石製鉄所の石炭発電に間伐材を主とする木質バイオマス8,000tを供給するのが精いっぱいだった。この経験からも、10万tの木質バイオマス収集は簡単ではないのがわかる。木質バイオマス発電で繰り返されてきたように、被災材(がれき)がなくなったら発電所が動かなくなるという事態は避けるべきであろう。
NPO法人 土佐の森・救援隊は、以前より農家やサラリーマンなどが副業として林業を行う「自伐林家」の育成に力を入れてきた。親から継いだ山林が気になりながら、放置してきた森林所有者は、全国に多い。そこで土佐の森・救援隊は、林業研修を行い、バイオマス集積基地を設置し(目次写真)、地域の商店街の協力を得て地域通貨のような形で材を高めに買取るしくみをつくり上げた。集まった材は、品質に応じて、用材、製紙用、熱利用(バイオマス)などに仕分けし、販売する。この「バイオマス集積基地」は、林地残材のような未利用バイオマスを収集する、優れた方法の一つである。
バイオマス集積基地
林業だけで食べていくのはハードルが高いが、休日に山に入り、安価な軽架線で木材を降ろし、軽トラックに積んで集積基地まで運べば、何千円かの収入になる(裏表紙写真)。「C材で晩酌を!」の掛け声で始まったこの試みは、岐阜県恵那市、鳥取県智頭市など、全国数十カ所に広まりつつある。
バイオマス集積基地に材を搬出する自伐林家
(写真提供:土佐の森・救援隊)
「森林・林業再生プラン」においてしばしば引用される林業先進国ドイツでも、大規模集約型の林業と同時に、木材搬出のうちの一定量を、農家林家と呼ばれる、小規模自営業者が担っている。
また、土佐の森・救援隊などは、材を出すだけでなく、製材や薪などのバイオマス供給、山菜やきのこ、エコツーリズムや農業など多様な収入手段「百業」をもつことで、特定の商品の価格変動に左右されない、地域での暮らしの基盤づくりを提唱している。
この自伐林家や地域資源に付加価値をつけながらさまざまに活かす暮らし方は、自らが決め、仲間と協力し、切磋琢磨し、自立した持続可能な地域社会づくりにおいて、重要な要素になっていくのではないだろうか。
岩手県で10年以上、木質バイオマスの利用促進を行ってきた岩手・木質バイオマス研究会は、2011年6月、今回の震災を受けて「新たな地域づくりと木質バイオマスの普及に関する政策提言」を発表した。この中で、岩手県の灯油、A重油の販売総額は約415億円(2009年、以後同)と、同県のコメの産出高597億円に迫る金額だが、灯油、A重油の販売量を木材量に換算すると324万tであり、灯油、A重油の一割を木質バイオマスに転換すれば、市場規模では40億〜60億円、木質バイオマス需要量は32万t、約43万㎥となると指摘している。
一方、岩手県の木材生産算出額は129億円、素材生産量は131万㎥。つまり、灯油・重油を一割代替すれば、木材生産額を4〜5割増、素材生産量3割増になる。これだけでも林業に対する影響は相当大きい。こうした現状を勘案し、林業再生と並行しながら、熱利用を主とする、地に足のついた事業に主眼が置かれることが望まれる。
従来のバイオマス政策は、バイオマスタウン構想のように「バイオマスありき」で始めたり、木質バイオマスガス化発電やエタノールなど、事業化が困難な技術開発に重きが置かれてきた。
バイオマス利用は、「目的」ではなく「手段」である。そして、将来の技術開発よりもむしろ今は、普及しかけている利用を後押しする政策を優先すべきではないだろうか。
バイオマスのエネルギー利用は、電力より熱の方が、小規模でも利用効率が高く、事業としてはるかに容易である。日本には統合的な熱政策が欠けている、と指摘されてきたが、経済産業省でも再生可能エネルギーの熱利用の検討【*4】が行われたり、東京都が給湯や暖房など比較的低温で利用される熱は、できるだけ再生可能エネルギーの熱でまかなおうという「熱は熱で」政策を始めるなど、変化のきざしが見られる。
さらに言えば、バイオマスはとにかく熱に使えばよい、というものではなく、断熱、排熱、太陽熱、地中熱、地熱なども、それぞれ条件はあるが利用できる。バイオマスの特徴は、運搬・備蓄できることであり、バイオマスの熱利用は、これらでまかなえない部分を中心に配置していくべきであろう。
バイオマス利用の推進は、外部不経済の内部化も含め、総合的な政策となる。バイオマス・ニッポン総合戦略が複数の関係省庁を調整して推進されてきたことはその点で重要であり、抜本的な改革を行いつつ、省庁の壁を越えた政策の実現が重要であろう。かつ、バイオマス利用は事業であり、行政はサポート役に回り、事業の実施は企業など事業主体が行うべきであろう。税金の無駄遣いをくりかえさないためにも、2011年2月に発表された総務省のバイオマス政策評価【*5】での指摘を、充分に反映させることが必要である。
行政が今後果たすべき役割としては、燃料用チップの規格、木質ペレットの規格、薪ストーブ、ペレットストーブなどの安全基準の整備・普及など、いわゆるソフトインフラストラクチャーの構築も重要であろう。